2007年 07月 28日

旅 -南米Ⅳ(ティティカカ湖)-

f0140209_20514416.jpg
この湖はインカ帝国の始祖
マンコ・カバックが
降臨した地といわれ、
インディオたちから
神の湖と崇められてきた。
標高3812mの高所にあり、
琵琶湖の12倍もの広さだ。
ここに自生するトトラ(葦)を
束ねて積み重ねたウロス島を訪ねる。
クスコから湖畔の街プーノまでは長閑な列車の旅だ。

アントニオ氏に駅まで送ってもらい、クスコでの助けに感謝し別れる。
私より3歳年下という、彼の色黒で深い皺が刻まれた顔は、
とてもそうは思えないように年老いて見えた。

列車は7時に出発し、終点プーノ到着は約12時間後。
両都市間の距離は東京と岐阜ほどだから、この旅が
どんなにのんびりしたものか、容易に想像できるだろう。
標高3000m~4000mの高原を走る列車からは、
アンデスの山並みや、アルパカ、リャマの群れが
右に左に望める。昼過ぎに通過したラ・ラヤ駅がこの路線の
最高点で標高4312m。見上げれば、群青色したアルティプラーノの
空が広がっている。ときおり、小さな駅舎が一つあるだけの駅に
到着するたびに、物売りのインディオが車窓を叩く。
f0140209_18121830.jpg

会い向き合いの二人がけソフトシートのツーリストクラスは、
隣りが若いコチャバンバの大学に在籍中のケティ(超美人)、
前にはポール、サンディの米国人老夫婦。
注文してあった昼食が運び込まれた時には、私が持参してきた
赤ワインで乾杯。3時ごろには、ポールおじさんがウィスキー、
ケティがコーラ、サンディおばさんがビスケットにハムを挟み、
我ながらブロークンな英会話を駆使し、ガタガタ揺れる車内4人、
ピクニック気分の旅を楽しんだのだった。

プーノの駅前に宿を取った私は、翌朝、時雨の中ウロス島への
桟橋へ行く。10人集まって一人5S。先に来ていたドイツ人の老人
3人組(女二人、男一人)と他の客が集まるのを30分ほど
待ったのだが、諦めて4人で40Sという交渉でボートを出してもらった。
湖の風に酔いしれること40分、島に上陸。
待ち構えていたのは小さな子供たち。
彼らの収入源であろう民芸品を売りつけるためだ。
なかには、六つ切りほどの粗末な画用紙に描いた絵を持った子もいる。
日本から持って来た、私の子供たちの使いかけ色マジックを
交換に、その絵をもらう。その時フッと思った。
-折り紙を持ってこればよかった-
以降の旅では、子供たちへの折り紙が必需品として、常にザックに
仕舞いこむこととなる。

大小40ほどが集まった浮き島に2500人ほどが生活するウロス島。
水道、電気、ガス、電話なんてものはない。一般家庭は勿論のこと
教会や学校までもがトトラでできている。腐って土のようになった
ところではジャガイモなどの野菜畑まであり、放たれた家畜たちは
なにかしらの餌を啄ばんでいる。

何百年以上もの間、彼らは彼ら独自の生活形態を守りながら、
何代にもわたって、この島で暮らしてきた。
多くの歴史がそうであったように、いつしかその島を捨て去る時が
来るかもしれない。
しかし、父であり、母であるティティカカ湖はいつまでも彼らの
魂のより所として、永遠に在り続ける事であろう。

by don-viajero | 2007-07-28 21:59 | Peru/Bolivia | Comments(0)


<< 旅 -南米Ⅴ(ラ・パス)-      旅 -南米Ⅲ(マチュピチュ)- >>