陽気なイエスタデイ

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2007年 08月 09日

山/Ⅱ

高校を卒業した‥‥
というよりは高校の山岳部を卒業した私は、「孤高の人」
ならぬ加藤文太郎気取りで単独行を繰り返していた。

1974年、同人『餓鬼』設立の前の年は計78日の山行を
重ねた。その中でもピカ一は後に『餓鬼』結成に加わる
N氏との山行だ。

当時、7月下旬(26日~30日)から涸沢をベースに数日間、
竹馬の友でF高の山岳部主将だったA氏と簡単な岩場を
数本やり終えて、上高地にある高校BCに陣取っていた。
そこへ、Y氏(彼も餓鬼結成メンバー)とN氏の二人連れが
来た。この二人、滝谷をやりに来たのだった。
その日、体調の悪かったY氏はBCでの休養宣言。
急きょ、翌日(8月3日)私とN氏で前穂東壁を登攀する
話がまとまった。

奥又白谷をそのまま詰めて北尾根Ⅴ・Ⅵのコルに出た。
二人とも疲労困憊のため、Ⅳ峰直下の大きな岩の下で
ビバーグ。この判断は正しかった。一時間も経たないうちに、
空は暗くなり始め、凄い雷音。ツェルトも持って来なかった
私たちはびしょ濡れ。夕立が去った後はパンツ一丁になり、
澄み切った山々に堪能した。しかし、ゴツゴツしたガレの
上ではよく眠れぬまま、朝靄のなか早朝出発。

ところがである。目指す右岩稜の取付けを見失い、
Cフェースに出てしまった。その上を見上げると、
なんと残置カラビナが数個ぶら下っているではないか!
二人とも目的は語らずとも同じであった。

トップは私が請けた。浮石を慎重に騙しながら、少しずつ
ザイルを延ばしていく。こんな場所から逃げ出したくなる
気持ちは十二分に理解できた。しかし、汗に塗れた頬は
きっと緩んでいたに違いない。一つ一つカラビナを
回収していく。-一個〇〇円だから△△の儲けだな!-
まぁ、若気の至りというか、今思えば命知らずの行動
だったかも‥‥。
ザイルを頼りに登ってきたN氏も呆れるばかりであった。
次に続く硬い快適な岩のAフェースのトップはN氏に譲り、
無事前穂頂上に立った我々は、ルンルンで上高地へと
下って行ったのだった。

その二日後、上高地を去るN氏を見送り、私はBCで
待機していたY氏と涸沢から入り、滝谷第四尾根の登攀を
敢行したのだった。

まったく、エネルギーの塊のような身体だった。

by don-viajero | 2007-08-09 18:35 | | Comments(0)


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