陽気なイエスタデイ

donviajero.exblog.jp
ブログトップ
2008年 04月 06日

『故郷・Ⅱ』

あの夢を見てから数週間後。
都会にも桜の便りが聞こえ出したころ、私は父が育った地を、
あえて夢の情景と同じ雪の残るこの時期に、一人で出かけた。

前日は近くの温泉宿に泊まり、父からは詳細を聞かされなかった
その村の話を仲居さんから訊き出すことができた。
幸いその年は積雪量が少なかったこともあり、翌朝タクシーで
集落の入り口であるトンネルまで行くことができた。
そこから先は歩いて行くしかない。

真っ直ぐに伸びたトンネルの向こうには、まるで別の世界への
入り口のような小さな光が見える。戻ってくるまで待っているよう頼み、
暗い500mほど先にある世界へと一人歩を進めた。

懐中電灯に照らされた、コンクリートに覆われていない岩肌は、
あの夢のなかで見た彫り物が、いくつも重なり合うように思えた。
それは見ようによっては、人間の蠢(うごめ)く姿にも見えた。

出口へ辿り着いて飛び込んできた光景は、夢のなかのままだった。
私は早速持参してきたカメラのファインダーを覗いた。
全神経を研ぎ澄ませて、あの夢を再現しようとした。
ファインダーから見える世界、あのとき絞れなかった焦点を求めた‥‥。

そこは頭のない地蔵の台座だった。
私は冷たい雪を掻き退け、台座をずらし下にあるものを求めた。
-あったぁ!-

プラスチックの箱のなかには、たどたどしい文字で綴られた
小学校一年時の父と祖父、二人の作文があった。
題名は同じ「故郷」。読み終えてそっと瞼を閉じた。
そして、そこに書かれていた朴訥で素直な文章の情景を思い描いた。
今、目を開ければ広がっている雪景色から白いものを消し去り‥‥。

いつしか口元からあの歌が流れていた。
♪うさぎ追いしかの山 小鮒釣りしかの川‥‥

by don-viajero | 2008-04-06 07:56 | 超短編小説 | Comments(0)


<< 『故郷・Ⅲ』      『故郷・Ⅰ』 >>