陽気なイエスタデイ

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2008年 04月 20日

無知の涙

-独りで誕(う)まれてきたのであり
 独りで育ってきたのであり
 独りでこの事件をやったのであり
 とある日 独りで死んで逝(ゆ)くのだ
 そこには 他との関係は一切れも存在しない
 まるで 路傍の小石のように
 ‥‥中略‥‥
 涙が頬にかかるとき それは 無知の涙ではない
 涙せる日を憧憬し 存在を置く
 無知の涙とは 悠久の果てにもないかもしれない
 でも それが 頬にかかるとき 私の涙は無知でなくなる-

数十年前の4月7日、連続射殺魔「永山則夫」が逮捕された。
これは中学でろくに勉強もせずに「貧乏が悪い」と言って、
関係のない人間を次々と射殺した彼が獄中で残した一遍の詩である。

若いころ、この「無知の涙」を手にしたときの激しい衝撃を
私は忘れることができない。おそらく、殺してしまった四人の死者への
言い尽くせぬ錘(おもり)を引きずりながら、獄中で膨大な読書を
したことであろう。結果、中学をオール1同然で放り出され「資本主義」を
罵ってきた中卒者が「無知」でなくなった。
しかし、この「知」を得たことが、果たしてすべて遅すぎたことなのだろうか?
放たれた銃弾は戻らず、死者は甦ってこない。
今大事なのは行き場のない、こうした若者たちを「殺人者」として
牢獄へ送り込まないことではないだろうか‥‥。

重大事件が起こると決まって行われる「精神鑑定」。
そもそも、正常な精神の人間が殺人など犯すわけがない。
「そのとき」が異常な行動なのだ。

この22日、広島高裁で「光市母子殺人事件」の差し戻し控訴審の
判決が下される。

そして、来年の5月から始まる「裁判員制度」。
その前にやらなければならないことがあるのではないか。
それは「刑法改正」である。現法の「無期懲役」と「死刑」ではあまりにも
雲泥の差が存在する。断っておくが私は死刑廃止論者ではない。
絶対に出獄することのできぬ、自らの贖罪(しょくざい)を全うできうる
「終身刑」が必要になってきていると思っているのは
私一人だけではないだろう‥‥。

 

by don-viajero | 2008-04-20 08:24 | | Comments(2)
Commented by riojiji at 2008-04-26 14:30 x
そうなんですよ!

「無期」と「死刑」では あまりにも かけ離れてます。
「終身刑」・・若しくは「懲役200年」を設けるべきです。

ほんと 来年から始まる「裁判員制度」・・
人を裁く・・・難しい事です。

前に二人で話したけど、やっぱ「口にチャック」は できませんよ。
その前に 俺は選任されないと 言う話もありますが(笑)
Commented by DON VIAJERO at 2008-04-26 19:46 x
心配御無用!

どうやら6人の裁判員を決める前に50人に召集があり、
そこで決まるらしい!
ということは我々はそこでふるい落とされる!!!


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