陽気なイエスタデイ

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2008年 05月 16日

超短編小説 『桜』

ほころび始めたなかを歩いた。
満開のなかも歩いた。
そして、花散らしのなかをも歩いた。

はるかたっぷりと雪の残るアルプスを背に、
清らかな雪解けの水を、満々と湛(たた)えて流れる
川沿いの桜並木を、毎年妻と歩いた。

「こうして二人で歩くのも今年が最後ね‥。」
弱々しく妻がつぶやいた。
「来年のことは誰にだってわからないさ!」
妻は末期の乳がんに侵されていた。

土手の両脇に植えられた大きな桜並木が、
葉に覆われ、すっかり緑のトンネルになったころ逝った。

今年は一人で歩いている。

先を行く人込みのなかに、妻の後ろ姿を見つけた。
去年着ていた着物。

足早に近づいた。そっと妻の名を呼んだ。
振り向いたのは義妹だった。

生前、形見でもらったとのこと。
そのとき、頬に強い風を感じた。
目の前を花吹雪が舞う。

あとは渺々(びょうびょう)たる花の白い乱れである。

by don-viajero | 2008-05-16 20:53 | 超短編小説 | Comments(4)
Commented by riojiji at 2008-05-25 15:09 x
う~~ん。いつもとは違うタッチできましたね。
読んでの感想・・最後の一行がなければ 良くあるストーリーで終わっていたかな(失礼)
妖しい桜花の白い乱れが 義妹と義兄の間に 何かをもたらすんですよ・・・きっと(笑)なんて勝ってに想像。

坂口安吾ではありませんが 「桜」の花は 妖しい・・・



Commented by DON VIAJERO at 2008-05-25 20:14 x
安吾の「桜の森の満開の下」ですネ!
-あとに花びらと冷たい虚空がはりつめているばかりでした-
というラストシーンは、その前の著述からの続きで
不気味な美しい余韻を残すことになっています。

「桜」の散り際のよさが日本人の情緒に似合っているのでしょうか?
Commented by 安曇野さんぽ at 2009-06-14 09:37 x
ずーっと心に残る人。
ずーっと心に残る言葉。
ずーっと心に残る場面。
ずーっと心に残る旅。
消え去ると、残るとの差は
心の差!?
他人ではなく、自分自身の心の残像!

小学校で入学式で咲いていた
桜の印象が、まだ片隅ですが忘れずにいます。
(関東地方の入学式では、桜が咲くタイミングが合っていましたので!)


嬉しい桜、
悲しい桜、
考える桜、
桜も人知れず思っているのかもしれません。
Commented by DON VIAJERO at 2009-06-14 20:27 x
安曇野さんぽさん!
すばらしいコメント、ありがとうございます。
桜っていろいろな人に
いろいろな想いを抱かせてくれるんですネ!


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