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陽気なイエスタデイ

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2008年 09月 11日

超短編小説 『思い出』

夏の騒がしいセミたちの歌声も消え、
夜ともなれば草むらから聞こえてくる、
虫たちのどこか寂しげな羽音。

一人ススキの穂が出始めた草原にいた。

どこまでも青い空には刷毛で掃いたような雲。
光と爽やかな風ばかりが目立ち、人の気配はない。
思い出だけが私の傍らを滑ってゆく。

ギラギラ輝いていた夏の思い出は、
原野の彼方に吸い込まれ、
あとには悲しみのひとかけらだけを残していった。

昔観た映画のセリフを口ずさむ。
「香水みたいに思い出を瓶に詰めたいわ。
 蓋を開けるたび、素敵な思い出だけがそっと現れる」

突然、山から吹き降ろす冷たい風が頬をたたいた。
ススキの穂先に止まっていたトンボたちは、
必死になってしがみつく。

そして、そのとき私のなかで燻(くすぶ)っていた
あのかけらも同時に持ち去っていった。

ひとつの思い出がひとつの夏を経て、
香水の瓶に閉じ込め、
新たな旅立ちを迎えようとしていた。

by don-viajero | 2008-09-11 21:27 | 超短編小説 | Comments(2)
Commented by riojiji at 2008-09-20 17:43 x
これって 「恋」の思い出・・・かな?
まあ俺はそう採ったけど・・・と言うより全体から 感じられる『秋』の空気にピッタリかな・・・。
これは「小説」と言うより「詩」・・・そんな感じです。
Commented by DON VIAJERO at 2008-09-20 17:59 x
三十路に近い女性の失恋を書いてみました。
ススキの穂に必死にしがみつく姿を通して、
惨めさに気づき、楽しかった思い出だけを瓶に詰め、
明日に向かって歩みだす一人の女性の力強さを描きました。


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