陽気なイエスタデイ

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2008年 09月 29日

『壷』Ⅱ

北原が去って、一時間ほどして和服を着こなし、
顔には白いものが混じるチョビ髭を生やした
『小野明心(めいしん)』こと中島蔵之助がその店に入って来た。
「ごめんください‥‥。少し店内を見させてくださいな!」
「どうぞ‥‥。」
うつむいたままぶっきらぼうに店主は答えた。
中島は店内にある品物を一つ一つ丁寧に
吟味するように見て回り、独り言のように、
「私はこうして掘り出し物を探しているんですよ‥‥。」
 おや?その帳場のカウンターにある壷をちょいと拝見!」
懇(ねんご)ろに眺めていた中島は、
「ほう!いい仕事をしてますねぇ!」
店主は上目遣いに中島の仕草をじっと見ていた。
「これは300年ぐらい前に朝鮮から渡って来た優れものですねぇ!
 これ、どなたか予約済みの品ですか?」
「え、えぇ。ちょ、ちょっとわけありでしてねぇ!」
口ごもりながら、
「あなた様はどういうお方ですか?」
中島は『日本陶芸協会副理事長・小野明心』と記された
名刺を慇懃(いんぎん)に渡し、
「もし、誰も買い手がなければ100万で
 譲ってもらいたいんですが‥‥。」
「えっ!えっ?ひゃ、100万?」
「ひょっとしたら100万円でも安い買い物かもしれませんね!」
「小野先生!ちょ、ちょっと待ってくださいよ!
 これは少しばかり事情がありまして‥‥。
 三時ごろ、また来てもらえませんか?」
「それは丁度いい。私はこれから協会に用がありますから。
 その帰りにもう一度寄らせてもらいます。
 くれぐれも色気など出さずに私に譲ってくださいよ!」
中島は可愛い子の頭を撫でるようにその壷を撫で回し、
店主にそっと返した。
「はい。はい。ごもっともです。
 先生が来られるまで隠しておきますからご安心を‥‥。」
「それじゃぁ、そうお願いしますよ!」
着流しの中島の背を見送りながら、店主はほくそ笑んだ。

by don-viajero | 2008-09-29 20:16 | 超短編小説 | Comments(0)


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