陽気なイエスタデイ

donviajero.exblog.jp
ブログトップ

カテゴリ:Uzbekistan( 12 )


2017年 10月 05日

UZBEKISTAN・SAMARKAND Ⅲ

着いた日の翌3月21日(春分の日)・旅行記からの抜粋。
-8時に朝食を済ませ、30分ほどしてホテルを出る。
 レギスタン広場へ向かう通りは歩行者天国になっていて、
 歩道部分には露店があふれ、警官らしき人も大勢いる。
 何かあるらしい。広場に入るのに警官のチェックが
 あったのだが、簡単に済んだ。そこには綺麗な衣装を
 纏った子供たちがたくさんいる。テレビ局の人間も
 ディレクターらしき女性も。次第に席が埋まってくる-

『ナウルーズ』春の訪れを祝う祭りだ。当時持って行った
ガイドブックには、そんなことは一言も触れていなかった。
f0140209_2074499.jpg

f0140209_2081734.jpg

f0140209_2084978.jpg

f0140209_2092489.jpg

f0140209_2010129.jpg

f0140209_20104257.jpg

f0140209_2011458.jpg

どこでもあるように、サマルカンド市長の長ったらしい
挨拶には、言語自体を解せぬ私にとっては辟易ものだったが、
偶然にも思いかけず楽しい数時間を過ごさせてもらった。

by don-viajero | 2017-10-05 20:15 | Uzbekistan | Comments(0)
2017年 10月 03日

UZBEKISTAN・SAMARKAND Ⅱ

詩人が歌っている‥‥。
-そなたのブルーのドームは力強い柱のようだ。
 青い大空の重みをそなたが支えてくれる-
高く聳え立っているミナレットはキャラバンの道しるべと
なっていたであろう‥‥。そんな栄華を今にしのぶ街である。

朝日に照らされ青く光り輝き、夕闇が迫れば色を失った街に
ブルーのドームだけが濃い藍色に染まって浮かび上がる‥‥。

『レギスタン広場』レギは砂、スタンは広場。砂の広場だ!
f0140209_1922170.jpg
『ウルグ・ベク』 『ティリヤ・カリ』 『シル・ドル』の各メドレセ
f0140209_19253346.jpg
『ウルグ・ベク』
f0140209_1926203.jpg
『ティリヤ・カリ』
f0140209_19272249.jpg
『シル・ドル』
f0140209_1929386.jpg
中央アジア最大のモスク『ビビ・ハニム・モスク』

by don-viajero | 2017-10-03 19:33 | Uzbekistan | Comments(0)
2017年 09月 26日

UZBEKISTAN・SAMARKAND Ⅰ

-チンギス汗が破壊し、チムールが建設した-
『青の都』サマルカンドについにやってきた!
滞在は’98/3/20~24の3泊4日。

宿泊したサマルカンド・ホテルは見事なボロホテルでは
あったが、11階の部屋からのロケーションの良さに免じて、
そんな細かなことに気を悪くはしなかった‥‥。
f0140209_19371384.jpg
青のドームが浮かび上がる『レギスタン広場』。
遠くに見えるのは『アフラシャブの丘』だ‥‥。
f0140209_19375887.jpg
真下にみえるチムール一族の墓地『グル・エミル廟』。

by don-viajero | 2017-09-26 19:39 | Uzbekistan | Comments(0)
2017年 09月 21日

UZUBEKISTAN・BUKHARA Ⅲ

『ブハラの人々』
f0140209_1941496.jpg

f0140209_19413253.jpg
『コルホーズ・バザール』にて
f0140209_19423558.jpg
『小学生たち』 
f0140209_19432623.jpg
『女学生たち』
f0140209_19441611.jpg
『アベック』 
f0140209_1945487.jpg
『老人二人』

by don-viajero | 2017-09-21 19:46 | Uzbekistan | Comments(0)
2017年 09月 19日

UZUBEKISTAN・BUKHARA Ⅱ

ブハラ汗の城・アルク(城塞の意)
7世紀に最初の層が造られたという‥‥。
f0140209_19471049.jpg

f0140209_19475067.jpg

f0140209_19481621.jpg

f0140209_1952037.jpg

f0140209_19493121.jpg
『城壁から見た旧市街』

by don-viajero | 2017-09-19 19:52 | Uzbekistan | Comments(0)
2017年 09月 17日

UZUBEKISTAN・BUKHARA Ⅰ

ブハラには’98/3月18日~20日の行程で滞在した。
f0140209_204041.jpg
『マゴキ・アタリモスク』
f0140209_2043817.jpg
『クケリダシのメドレセ』
f0140209_205334.jpg

f0140209_2055312.jpg
『ナディール・ディヴァン・ベギのハナカ(巡礼者の宿)』
f0140209_2064072.jpg
中央アジア最大の砂漠の灯台『カリャン・ミナレット(大きな光灯)』
f0140209_2075155.jpg
『ミリ・アラブのメドレセ』
f0140209_2082746.jpg
『チャル・ミナル(4本のミナレット)のメドレセ』

*メドレセ=神学校
    

by don-viajero | 2017-09-17 20:10 | Uzbekistan | Comments(0)
2017年 09月 16日

UZUBEKISTAN・PHOTO

夜中到着したタシケント国際空港から、バウチャーで
予約してあったホテルへタクシーで向かい、翌朝
国内空港から、小型飛行機で「BUKHARA」・ブハラへと
向かった‥‥。
f0140209_18441712.jpg

f0140209_18452989.jpg
「ブハラ旧市内地図」
f0140209_1847014.jpg
「ホテル・ブホロ」(中身はボロ‥‥)

by don-viajero | 2017-09-16 18:48 | Uzbekistan | Comments(0)
2008年 11月 01日

ウズベキスタン・Ⅴ

昨夕の雷雨が、すっかり空の塵を洗い流してしまったような
真っ青な空。まさに『青の都』に相応しい天気だ。
青空の下、ブルーのドームがあちこちで輝いている。
どこからともなく聞こえてくるコーランの祈りに、暫し耳を傾ける。

ゆっくり朝食をとり、部屋のベランダから辺りを眺めていると、
下からあの青年・ショコラ君が大きな声でこちらを見上げている。
表に出て彼と彼の友だちたちとロシア語を交えて話す。

この国に入国して、ぜひとも購入したいものがあったので、
どこか手に入るところがないか尋ねると、
新市街の遊園地近くの店ならあるかもしれないと教えてもらった。
彼らと別れ、観覧車が見える場所までくると、洒落た店舗が並んだ一角に、
私が求めていた帽子が見つかった。
それまでの街中で売られていたものよりはるかに良品だ。値札$17。
いつものように値切ってみたのだが、一銭たりともまける気配なし。
すっかり気に入ってしまったので、値の通り買い求めた。
一人、その帽子を被り悦に入る。
これは今でも冬になれば愛用している代物だ。

再び旧市街に戻り、昨日見学できなかったレギスタン広場の
メドレセを見て歩く。
その後、裏道を通り抜け、バザールへ向かう途中、
子供たちに写真をせがまれ、そのままその子たちの家に招かれる。
なんとおばちゃんたちがテーブルにご馳走を並べ、
昼間からシャンペンで酒盛りをしているではないか!
仲間に入れてもらい、すっかり馳走になる。
f0140209_19293677.jpg

さすが遊牧民の末裔である。さしづめ
私はもてなされる客人になったのだ。
おばちゃんたちに囲まれ、
訳のわからぬ茶話に花を咲かせる。
二時間ほど酒宴のお供をしていた
だろうか?彼女らに別れを告げ、
再びアフラシャブの丘に登る。

夕闇のせまる美しい街。
沈みゆく太陽に照らされ光り輝く青のドーム。
さきほどの家族との触れ合い、そしてショコラ君の歓待。
非日常的な素敵な出合い。
あらためて遠く古のシルクロードへ、サマルカンドに来たものだと
身にしみて感じるひとときである。

この街の空気を支配している独特な香辛料の匂い。
シャシリクを焼く店から立ち上る煙。
各々の店に並ぶいろいろな品物、集まる人々の容姿、装い、
飛び交うさまざまな言語。そこは民族のるつぼと化したバザール。

すべてが蠱惑の香るシルクロードなのだ。

by don-viajero | 2008-11-01 19:51 | Uzbekistan | Comments(2)
2008年 10月 28日

ウズベキスタン・Ⅳ

翌日、早朝の行動は前述(Ⅰ)の通りである。

ホテルへ帰り朝食を済ませ、再び表に出ると、
レギスタン広場へ向かう道は歩行者天国になっており、
広い通りの両側の歩道には露店があふれている。
警官らしき人も大勢いる。なにかあるらしい。
広場に入るのに警官のチェックがあったのだが、簡単に済んだ。
そこにはきれいな衣装を纏(まと)った子供たちがたくさんいる。
テレビ局の人間もディレクターらしき女性も。
次第に広場を見下ろすために用意された席が埋まってくる。
そこへ土産物の兄ちゃんが私の横に座り、英語で説明してくれた。
『サロン・マリク』の祭り。どうやらイスラム暦、新年のお祝いのようだ。
10時ごろ、どこの国でも同じように長ったらしいサマルカンド市長の
挨拶があり、ようやく踊りが始まる。子供たち、若い女性たちの
目にも鮮やかな民族衣装を着飾った人々でステージは一杯になる。
コリアンの深紅の衣装での踊りもあった。
それぞれの色はおそらく、ウズベクの各民族を表しているのであろう。
思わぬイベントを見ることができラッキーであった。
f0140209_2019646.jpg

二時間ほど見入ってその場を去り、旧市街にある名所・旧跡を見て回る。
バザールではおいしい漬物やオレンジ、焼きたてのナンを
買い求めながら、そこで働くおっちゃんやおばちゃんたちとの
訳のわからぬ会話で楽しむ。

広場に戻るころには、空には雷が鳴り響き、ポツポツ降り始める。
朝の賑わいはどこへやら。人波の途絶えた通りはアイスクリームの
紙やらもろもろのゴミが、無秩序な風に弄ばれるように飛び交っている。
そそくさとホテルに帰り、部屋に入った途端土砂降りの雨。
危機一髪であった。
10日間のウズベキスタンで唯一の雨降りだった。

by don-viajero | 2008-10-28 20:29 | Uzbekistan | Comments(0)
2008年 10月 24日

ウズベキスタン・Ⅲ

ブハラ9時発のバスは、お昼ごろ寄った大きな街で大半の乗客が降りる。
もちろん、私と後ろのほうで一緒に騒いでいた連中のほとんども
「ダ スヴィダーニャ(さようなら)!」と言って降りていく。

変化の乏しい車窓からの景色は退屈だ。
どの旅でもそうであるが、オンボロバスにガタガタ舗装は、
ちょうどよい揺りかごのようだ。静かになった車内ですっかり寝込んでしまう。
途中、トイレ休憩が数回、食事タイムのないまま3時ごろには、
サマルカンド中心街に到着。

旧市街にあるホテルまでは白タクを値切って10分ほどで着く。
外観はすばらしい12階建て高級ホテルと見間違うほどであるが、
中身はボロホテル。指定された11階の部屋も広いだけでパっとしない。
トイレのフロートは壊れ、水は夜7時にならないと出ない。
しかし、ベランダからの眺めは最高だ!
レギスタン広場は目の前に見え、横にはグル・エミルがすぐそこにある。
遥か向こうにはアフラシャブの丘が望める。ロケーションだけは抜群だ。

空腹を満たすためにホテル周辺のチャイハナに行ってみたのだが、
時間的にどこも『Closed』の看板が下がっている。
そこへ一人の青年が寄ってきて、
「どうしたんだ?」というようなことを言った。
私がボディランゲジで腹がへったことを伝えると、
「俺についてこい!」という仕草でスタスタ歩き出した。
-どこか開いているチャイハナまで連れて行ってくれるのかな?-
そう勝手に解釈し、このショコラ青年(24歳)について行った。

日干しレンガの塀にある、大きな粗末な木製ドアを開けると、
手入れの行き届いたこじんまりした中庭。
そこから招き入れられた部屋は小奇麗なしっかりしたキッチン。
彼は炒め直した、おいしいブロフ(干しブドウの入った羊肉ピラフ)を
馳走してくれた。食後には『ネッスル』のインスタントコーヒー。
お礼にお金を差し出したのだが、受け取ろうとはしない。
白い小型犬を抱いた彼の写真を撮り、住所を聞く。
十分なお礼を述べ、別れる。

はたして、われわれ日本人はどうであろうか?
街でこのような場面に出くわしたとき、言葉も解らぬ異邦人を
ここまでして、家に招き入れることができるだろうか?

この街に着いて、早速のもてなしにすっかり気分を良くした私は
足取りも軽く、ルンルンでホテルへと戻った。
1階にあるバーを覗くと冷えたビールがあったので、部屋で飲むことを
伝え、買い求めるとバーテンダーが、
「これも飲んでいけ!」とおまけでウォッカのシングルをカウンターに
差し出してくれた。グイっと飲み干し、
「スパスィーパ(ありがとう)!」

-すばらしい青年のいる街。
 なにか、もっと素敵な出来事があるかもしれない!この『青の都』で!-

そんな期待を膨らませてサマルカンドの夜を迎えた。


*レギスタン広場‥レギは砂、スタンは広場。3つのメドレセ(神学校)に
         囲まれた美しい広場。

by don-viajero | 2008-10-24 21:12 | Uzbekistan | Comments(0)