陽気なイエスタデイ

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カテゴリ:超短編小説( 89 )


2010年 09月 16日

超短編小説 『夏の雨』

定年後、小さな畑を借りてわずかな野菜を育てている。
土に縁のなかった私には、毎日が新鮮な作業だ。
自分で作ったものは、その形がどんなに不恰好なもので
あろうと食卓を美味しく飾ってくれる。
ただ、今年の夏のように日照りが何日も続くと大変だ。
猛暑だというのに、草だけはちゃっかり伸びてくる。
草取りや野菜の水やり。すっかり疲れ果て土手にある
木陰で一休み。噎(む)せるような草いきれのする場所で
横になり瞼を閉じると、急にサワサワと気持ちのいい小さな
風が微睡(まどろ)みへと誘った‥‥。

「お~い!〇〇ちゃ~ん!川へ行こう!!!」
薄い板材を空箱型に釘打ちし、透明ガラスをガラスパテで
固定して作った箱メガネと簎(ヤス)、それに釣竿も持って
わさび畑の近くを流れる、膝ぐらいの深さの川へ行く。
わさび畑から流れ出てくる水はとっても冷たい。小石を
そう~っと除けると、川床と同じ保護色に覆われた
カジカがいる。簎で一突き!ついでに小石の裏に
くっついているニジマス釣りの餌にするザザムシも確保。
夢中でカジカを獲ったり、釣りをしたり、泳いだりして
時間の経つことさえ忘れていた。昼を知らせるサイレンは
とっくに鳴り終えていた。

突然雷鳴が響き渡り、でっかい雨粒が落ちてきた。
近くの作業小屋に逃げ込む。勢いのいい雨粒が
叩きつける足元から『焦げた匂い』がした。

用意してきたオニギリを頬張り、雨が止むのを待つ。
食べ終わると、遊び疲れた僕たちは、沿いあうように
横になり、お昼寝をする。ウトウトと‥‥。

頬に雨粒が当たって目が覚めた。
あっという間にどしゃぶりになった雨が、渇き切っていた
地面から、あの『焦げた匂い』を発散させていた‥‥。

by don-viajero | 2010-09-16 20:20 | 超短編小説 | Comments(0)
2010年 08月 08日

超短編小説 『完全犯罪』

犯罪成立の三大要素。
アリバイがない。動機がある。証拠がある。

私は推理小説が大好きで、図書館にあるその手の本は
ほとんど読破したといっても過言ではない。
シ~ンと静まり返った室内で、こうすれば完全犯罪が
成り立つのにと、ブツクサ独り言を呟くのが常である。
同じテーブルの読者たちからは、いつも「シ~」っと
唇に人差し指を立てられる始末だ。
ただ、小説には必ずオチがあり、そうなったのでは
物語として完結しないだけである。

今日も、ポツンと木立の下の涼しげなベンチに腰掛け、
先ほど図書館で読み終えたばかりの小説を反芻していた。

突如「ひゃぁ~!!!」と大声をあげ閃いた。
自分の感極まった声に驚いて辺りを見渡したくらいだ。
近くには誰もいないし、遠くに坐っているアベックたちを
含め、誰も私に気付いていない。

私は誰も傷つけず、被害者にさせずに大金を手にする
ことのできる完全犯罪を思い立ったのだ。
アリバイは完璧。動機もない。証拠もない。
しかし、その思いを紙に残しては証拠になってしまう。
足元を揺らし続けるパズルのような木漏れ日の隙間を
一つ一つ埋めるように、じっくり時間をかけ、手順を追い、
独り言を夢中で繰り返し、反復する。

「よし!完璧だ!
 Where there's a will, there's a way! だ!」
(精神一到何事か成らざらん)
軽やかに得意の英語まで口から飛び出す。
目を閉じ、頭上の梢を行き来する小鳥たちのさえずりも、
私のストーリーに対し賞賛の歌声のように響き渡り、
その犯罪を遂行する前に一人悦に入っていた。

突然、後ろからそっと肩を叩かれた。
「もう少し詳しいことを、
 署で聞かせてもらえますかね?!」

by don-viajero | 2010-08-08 12:53 | 超短編小説 | Comments(0)
2010年 06月 15日

小噺

閑話休題。
病院の診察室での小噺を2題。

①「先生、物忘れがひどくなってきたんですが‥‥。」
  「ほう、それはいつごろからですか?」
  「なにがですか‥‥?」

②「先生、わたし、どうも認知症みたいなんですが‥‥。」
  「そうみたいですネ!」
  「先生!よくわかりますネ!」
  「だって、今日これで三回も診察に来ましたヨ!」

by don-viajero | 2010-06-15 20:06 | 超短編小説 | Comments(0)
2010年 06月 10日

超短編小説 『ボタン』

「大統領!いますぐにでもボタンを押しましょう!」
落ち着き払った相手に、彼は執拗に迫る。
「我々が優秀なことを思い知らせるべきです!
 あんなゴミども、この世から抹殺すべきです!」

彼のすべての悲壮感を背負った言葉にも、同調することなく、
私は黙ったままスイッチに指をかけている。
「さぁ、大統領!ボタンを押して下さい!
 我々民族が滅ぼされる前に先手を打つのです!
 彼らを放っておいては、我々はいつの日か侵略されるのです!」
「‥‥。」
「さぁ!一刻の猶予もありません!あいつらはすでに東京湾を
 侵略しています!東京湾がなくなってからでは遅いのです!」

私は壁にかかった電子時計を見る。
時刻は10時になろうとしていた。
「ねぇ、点火ボタンは押すけどさぁ‥‥。
 田中君!君がSFオタクだってことは分かるよ!
 でも、いちいち焼却炉の点火スイッチ押すたびに、
 そういうの止めてくれないかなぁ‥‥。
 清掃局での点火時間は10時って、決まってるんだからさ!」

by don-viajero | 2010-06-10 20:02 | 超短編小説 | Comments(0)
2010年 05月 12日

超短編小説 『魔法のランプ』

ガラクタ市で、古びてはいるがどこかとっても
上品なランプを見つけた。

すっかり綺麗に磨き上げ、灯油を入れて火を灯すと、
黒い煤のなかから、ボァ~っと大男が現れ、
「私のランプを綺麗にしてくれてありがとう!
 お礼にアナタの願い事を三つ聞いて差し上げます!」
「まぁ!素敵!私、お金が欲しいわ!」
「あいにく、いま持ち合わせが無いんだ‥‥。」
「それじゃぁ、お金持ちの彼氏が欲しいな‥‥。」
「そんなのは、ご自分でお探しなさい!」
「なによ!一つも聞いてくれないじゃない!
 それなら最後に、いつまでも老いの来ない
 若さを頂戴な!」
「はい、はい、そんな若いまま長生きしたところで、
 碌なことはないですよ!あきらめなさい!」
「アナタ、本当は願い事なんか聞いてくれないんでしょう!」
「いいえ、私はアナタの三つの願い事は聞いてあげましたよ!
 聞いてあげても、叶えてやるとは言っていませんからね!
 人間とは、何と欲深い生き物なのだ!」

そう言うと、ス~っと姿を消してしまった。

by don-viajero | 2010-05-12 20:14 | 超短編小説 | Comments(0)
2010年 04月 12日

超短編小説 『こぼれ桜』

君がまだ幼かったころ、母親の背中で
ねんねこ半纏に包まれて、寒い日に観た、
満開の桜を覚えているかい?

そこは、町で唯一の桜が咲き乱れる公園だ。
その日は、アルプスから吹き降ろす風が、
ものすごく冷たい日だった。

山葵田を見下ろす丘に陣取った大人たちは、
酒を酌み交わし、子供のようにはしゃいでいる。
カラオケなんかない時代だ。
地元の芸者衆も交え、寒さなんか吹き飛ばすような
盛り上がりだ。

君はハラハラと散る桜の花びらの行き先を
母親の背から眺め、無邪気に喜んでいる。

突然、手を差し出し掴もうとした。
小さな手の平には、薄いピンク色をした
数枚の花びらが、君に握り潰されていた‥‥。

あれから幾星霜。君は一人、あの丘に佇む。
その年は、例年にない3月の暖かさが、桜の開花を早めた。
寂れた公園の桜は、あのころと同じように咲き誇っている。
でも、そこにはもうあのころの賑わいはない。

大きくなった手の平には、いっぱいのこぼれ桜を
そっと載せている。大切な思い出を零さぬように‥‥。

君は、この町を離れ、この丘を離れ、もちろん、
母親の背中の温もりとも離れ、生きてゆくのだ。

君の見上げる故郷の空は曇っているが、その空は
明るく、雲の切れ間から陽光が幾筋も射している。

あのときと同じように、無邪気に笑う17歳の君の頬に、
すっかり春めいた風が通り過ぎていった。

by don-viajero | 2010-04-12 19:57 | 超短編小説 | Comments(0)
2010年 02月 21日

超短編小説 『日本語』

時は2040年‥‥。

「あんたさァ~!知ってるゥ~?」
「なにがァ~?」
「今度さァ~、変な日本語使ってるとさァ~、
 罰金、取られるんだってェ~!
 アタイらの日本語ってさァ~、
 変じゃねェ~よなァ~。
 そんな法律ってさァ~、超ムカつくじゃ~ん!」
「そう、そう!マジ、ウザイよなァ~!」
「っていうかさァ~、マジ、ヤバかねェ~?」

中年に差し掛かってきた、派手目の二人の婦人は、
若いころのような、キャンキャンとした大声ではなく、
辺りに悟られるぬよう、小声で会話をしていた。

はっと気付くと、二人の背後に若い女の子。
「おば様たち!
 わたくしが正しい日本語を教えて差し上げますわ!」
やおら襟を正した片方の婦人、
「じゃァ~、なにかい?アタイらの日本語は
 正しくないのかい?」
「そうですとも!そんなぞんざいな物言いを
 いつまでも使っておられれば、そのうち、
 罰金刑が下りますことよ!」
もう一人の婦人、大声を張り上げ、
「なんて、ムカつく言い方!あったまきちゃうゥ!」

若い子は胸からそっと手帳を出し、
「はい!それでは刑法第〇〇〇条。日本語乱用罪で、
 罰金一万円のキップを切らせてもらいます!」

by don-viajero | 2010-02-21 19:32 | 超短編小説 | Comments(0)
2010年 01月 05日

超短編小説 『インフルエンザ』

結婚式も同じころ。また細君同士も幼馴染。
そんな竹馬の友である彼らも、結婚生活を十年も超え、
久しぶりに男同士で飲んだ。
二人して『居酒屋古民(こみん)』の暖簾をくぐった。
なるほど、カウンター席だけの小振りな店ながらも、
古民家で使われていた材を、そのカウターばかりでなく、
ふんだんに用いた、なかなか趣きのある店だ。

「おい!おまえんち、どないなんや?」
「なんのこっちゃ???」
「二人の仲や!」
「おれんちなんか、今でも熱々やでぇ!
 ほんま、ず~っとインフルエンザに
 かかってるみたいなもんやな!」
「???、どない意味なんや?」
「愛の熱でうなされっぱなしや!
 ところで、おまえんちのほうこそ、どないなっとるんや?
 ほんま、あんましえぇ噂、聞かへんでぇ!」
「おれんちか‥‥。
 まぁ、治りかけのインフルエンザみたいなもんやな!」
「?????」
「熱は下がりよったが、セキだけはまだあるんや!」

そこへ、黙って彼らの会話を楽しんでいた店主が割って入った。
「お客さんたち、おもろい話、してまんなぁ!」
 あんまし、うまくいってへんお客さん、後ろ見て読んでみなはれ!」
「ん???」

二人が振り向くと、そこには玄関戸に吊るされて、
ガラス越しに逆さ文字が映った暖簾が見えた。
「民(みん)‥古(こ)‥屋(や)‥酒(さけ)‥居(い)‥‥。
 いや‥、まてよ!あっ!判ったわい!
 タミ・フル・ヤ・サカ・イ‥や!そやろ!」
「そや!ワテの店の酒はタミフルや!インフルエンザ
 なんちゅうもんは、治ってしまうんや!!!」

by don-viajero | 2010-01-05 20:02 | 超短編小説 | Comments(0)
2009年 12月 02日

超短編小説 『告白』

穏やかに打ち寄せる波の音。
一つとして同じ波はない‥‥。
どのくらいの人々が、この渚で出会い、
別れを告げたことであろうか‥‥。

夏の盛りも、とうに過ぎた静かな海辺を、
一組の若い男女のカップルが歩いている。
男のほうは、いくらかうつむきかげんに、
ゆっくり歩をすすめる。
まるで、足元まで寄せてくる波に意を決するかと思えば、
泡に紛れて去りゆく想いを消され‥‥。

女は、少しばかり間を空けて、
キッと男の背を見つめている。

突然、男が踵を返し、振り向く。
そのおどおどした眼差しは、女の的を射すような
瞳を捕えていた。

「すべてお話しします‥‥。」
充分に海水を含んで湿った砂地に、
ぽつんと男の言葉が落ちた。

「そうですか‥‥。
 ようやく話してもらえるんですね!」
女刑事は、そっと男の手首に手錠をかけた。

by don-viajero | 2009-12-02 20:15 | 超短編小説 | Comments(2)
2009年 11月 18日

超短編小説 『無人の村』

そこは誰もいない村だった‥‥。

松茸がよく採れるという地方へ、二時間かけて車を走らせた。
初めて訪れる山だった。

まだ薄暗いなか、迷わぬよう気を使って登って行った。
やはり、一本も見つけられない。
私が住む地域もそうであったように、ここも不作の年なのだ。

尾根まで駆け上がり、反対側の谷底を見下ろすと、
桃源郷のような小さな集落があった。

茅葺きのものもあれば、秋の朝陽に照らされ、
キラキラ輝くトタン葺きの屋根もあった。
その数、十数軒だろうか‥‥。
私はその小さな集落に惹かれ、一気に降りて行った。
集落の真ん中を走る狭い舗装道路に出た。

すべてが周りの景色に溶け込んでいるような場所だった。
弾む息を整え、耳をそばたてた。
人の声ばかりか、犬や猫の鳴き声もまったくない。
光と風だけが目立ち、すべてが抹殺されたような澱んだ
空気をかき混ぜている。
所々に、たわわに実った柿だけが青空に映えていた。

急勾配の舗装道路をゆっくり歩いて行った。
点在する両脇の家々を一軒一軒覗いてみる。
「こんにちは!‥‥誰かいませんかぁ?」
返事はない。

集落のなかを流れる川のせせらぎだけが異様に響く。
まるで、生きし者残らずUFOにでもさらわれてしまったような‥‥。
あまりの不気味さに、後ろを振り向かず、元来た尾根を這い上がり、
車まで戻った。

その集落が近い将来、下流のダム建設によって
沈みゆく運命を知ったのはしばらくしてからだった。

by don-viajero | 2009-11-18 20:04 | 超短編小説 | Comments(0)