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カテゴリ:山( 32 )


2017年 02月 22日

山岳写真・1973年長次郎谷Ⅱ

後立山連峰点描
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この谷からは、槍ヶ岳の雄姿を望むことはできない。
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by don-viajero | 2017-02-22 18:53 | | Comments(0)
2017年 02月 20日

山岳写真・1973年長次郎谷Ⅰ

それまでのハーフフィルムカメラから、アルバイトで貯めた
お金で購入し、生まれて初めて手にした一眼レフカメラを
携えての山行だ。カメラの名前は『ニコマートFTN』。

今回で三年連続して同時期に入った、剣岳・長次郎谷の上部に
位置する『熊の岩』を再び訪れ、誰一人テントを張る者もいない
この場所でたった一人、数日間テンパった。
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      『ガスに浮かぶ剣岳頂上』 
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      『八ツ峰』
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      『翌年、登攀した八ツ峰・六峰Cフェース(上)と源次郎尾根(下 )』

そして、この山行を終え富山県側に下山した私には、そこでしか
得られない情報を探す目的があったのだった‥‥。

(1973年・7月25日~30日剣岳・長次郎谷周辺単独行)

by don-viajero | 2017-02-20 19:39 | | Comments(0)
2016年 12月 02日

背負子

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【40年ぶりに日の目を見た背負子】

先日、松本に住んでいる長女から携帯メールが入った。

「お父さん!新米残っている?あったら20kぐらい頂戴!!!」
折り返し
「了解!近いうちに持ってくわ!」
「ありがとう‥!!!」

このやり取りを打ち終えて、ハタと気が付いた。
彼女の家族が暮らしているのは、エレベーターもない
市営住宅の5階だ‥‥。
-さて、どうやって5階まで運んだら良いものか‥‥?
 そうだ!物入れの奥で長いこと眠っている背負子に
 括り付けて持ち上がろう!-

30k籾袋を精米して23k、残っていた精米済み2kを
加え計25k。昔取った杵柄、なんなく部屋まで持って
いくことができた。

ロッククライミングや雪山以外の時は、結構この背負子を
担いだものだった‥‥。
重たい登山靴を他のザック等と一緒に縛り付け、颯爽と
地下足袋でひょいひょいと山道を登り下りしていたものである。

by don-viajero | 2016-12-02 19:39 | | Comments(0)
2015年 03月 26日

山岳写真・Ⅲ

1974年1月から3月にかけて、天候を見計らって写真撮影のため、
単独で遠見尾根によく出かけた。
スキーを背負い、夜は雪洞を掘って0℃の世界で寝ていた。
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by don-viajero | 2015-03-26 18:31 | | Comments(0)
2015年 03月 23日

山岳写真・Ⅱ

無雪期の浮ついた岩稜登攀とは打って変わっての積雪期。しかも、
雪が絞まって安定した5月中旬から6月上旬の北穂東稜は、快適な
登行を約束してくれる。(1974年6月3日・単独行)
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北穂東稜ゴジラの背から望む。前日、Ⅴ・Ⅵのコルから登った前穂北尾根
(前穂⇒奥穂⇒涸沢テン場)
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                 横尾右俣側←東稜ゴジラの背→涸沢側 

by don-viajero | 2015-03-23 18:23 | | Comments(0)
2015年 03月 21日

山岳写真・Ⅰ

白黒、カラーを問わず長いこと日の目を見る事のない、何冊もの
ネガブックに収められているたくさんのネガ。のものも、家族の
ものも‥‥。デジカメを手にするまでのフィルムは、すべてネガと
して保存してある。

PC文化が年々進化を遂げ、大容量記憶媒体が安く手に入るように
なってきた。CD、SDカード、USB‥‥。

自己満足になるかもしれないが、自分史を振り返りながら、そんな
ネガをまとめてみるのも楽しいんじゃないか?十分に歳を重ねてきた
からなのか、そんな思いに駆られ始めている‥‥。

最近、欲しくなってきたものがある。そう、フィルムスキャナーだ。
数年前、知り合いから見せてもらったが、そのときにはそれほどの
関心を示さなかったのだが‥‥。
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槍ヶ岳北鎌尾根独標(1975年3月12日・山岳同人餓鬼3名で)

by don-viajero | 2015-03-21 13:41 | | Comments(0)
2015年 02月 14日

夏山縦走

遠い、遠い昔の話だ‥‥。
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≪蓮華温泉の手前にあった渡し場。まだあどけなさの残る一年生部員の
S君。向こう岸にいるのはA顧問・あだ名で「ヤギさん」≫

7月下旬、夏休みが始まってすぐの岳沢合宿も終り、三年生は引退。
数日を経て、我々二年五名と一年四名での夏山縦走。同行は顧問の
「ヤギさん」と「ワタサ」の二人。

当時、スキー場でもなく当然テレキャビンなんかない、北アルプス
三大急登の一つ、遠見尾根から入り、五竜岳、唐松岳、白馬三山、
雪倉岳、朝日岳と天候に恵まれての四泊五日の山行。

最後の夕食は、あちこちに雪の塊が残る飲料水豊富な朝日岳の天場。
そこは我々以外誰一人居ない、流れる水音だけが聴こえてくる静かな
場所だった。炊き上がったご飯に混ぜ合わせたキュウリの千切りと
サバの水煮缶。その単純な料理のなんと美味しかったことか!

そして、美味しかった山行は最後にも訪れた‥‥。
蓮華温泉からバスで大糸線平岩駅に到着。顧問の誘いでラーメンを
奢ってもらい、しかも我々がよほど羨ましげに眺めていたのであろうか、
ビールも飲ませてもらったのだった。
(未成年飲酒&未成年飲酒幇助はすでに時効だけどね!)

当時の北アルプス三大急登:
遠見尾根を含め、燕岳の合戦尾根と烏帽子岳へのブナ立尾根

by don-viajero | 2015-02-14 18:18 | | Comments(0)
2014年 07月 17日

体力測定

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高校時代、毎年梅雨明け前に日程や種目をずらして、各学年の
体力測定が行われた。

久しぶりにみんなが顔をあわせ、部室での弁当タイム。三年生に
なった我々は、一段高い床にあるテーブル席。二年生は同じ場所
だが低い長椅子。新人の一年生は入口鉄扉近くのボロベンチ。

部員どもは食べ盛りの腹を満たすのに大忙しだ。部長が切り出した。
「おい!みんな体力測定の結果はどうだった?」
「オレは相変わらず足が遅いから、100m走の記録は散々だったが、
 懸垂は38回だぜ!大したもんだろう!!!」
「そりゃ~すげぇ~わ!お前、岩登りに向いているんだな!」
「ロック大好きだからな!」

二年生のT君が、我々を見上げるような目で興奮気味に、
「先輩!そんなことより、こいつ、もっと凄いっすよ!」
隣りで黙々と飯を食らっているY君を肘で小突いた。
「すっげぇ記録でも出したか!?」
「違いますよ!こいつ、背筋力計壊しちまったんですよ!」
室伏なみのゴッツイ体つき、切れ長の目でいつもニコニコして
いるような顔の彼が、このときばかりはしたり顔で、
「やっぱり弁償しなきゃいけませんかねぇ!?もしそうなったら
 部長、山岳部の部費でお願いします‥‥!」
いまにも消え入ってしまいそうな小さな声で、ボソッ、ボソッと
口を動かしていたが、細い目は笑っていた‥‥。

鉄扉:当時、山岳部の部室は戦時中の旧銃火器庫だった 

by don-viajero | 2014-07-17 20:13 | | Comments(0)
2013年 05月 31日

校名

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ニホンミツバチ
どの時代でも、どこにでもパープーなお兄ちゃんや
お姉ちゃんがいるものだ‥‥。

在学した高校からメール便が届いた。
高校時代を過ごした校名は「松本県ヶ丘高校」。通称「県陵」。

高校山岳部を卒業しての浪人時代。
上高地B.Cで後輩(現役山岳部員)のテンキー(テントキーパー)と
二人だけで昼寝をしていたときだ。
キャーキャー話しながら歩いてきた若そうな女性二人が、
校名の記されている大テントの前で立ち止まり、
「ねぇ、ねぇ!松本県ってあったけ???」
「上高地って長野県じゃないかなぁ‥‥?
 でも私たち松本からやって来たんだから‥‥。
 松本県、ありかも!!!」
「でも、おっかしな高校の名前だよね!ヶ丘高校って!」
「キャハ、キャハ、www‥‥」

B.Cのなかの僕たちは、期せずして顔を見合わせ、右耳の横を
右手人差し指でグルグル輪を描き、手の平をパっと開いた‥‥。

by don-viajero | 2013-05-31 20:31 | | Comments(0)
2013年 05月 29日

アンナプルナ

1977年1月25日(火)カトマンドゥ/ホテル・ツクチェピーク。
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アンナプルナ内院
(ナショナルジオグラフィックから)

一泊10RE(当時250円)のドミトリー部屋で同宿の
日本人青年の話に夢中で耳を傾けていた‥‥。

はなからこの時季のトレッキングは諦めていた。ところが
彼は前日、アンナプルナ内院を一人でトレッキングして、
ポカラ経由でこのホテルに帰ってきたばかりだったのだ。
ジョムソンまで飛行機で飛び、そこからガイドを雇うから
シェラフだけ持っていけばよいとのこと。余裕をみて
10日ほどの行程だそうだ。

翌日、一週間に一度(火曜日)だけのジョムソン行きフライトを
予約し、その足でイミグレーション・オフィスへ行き、トレッキング・
パミッションを発行してもらった‥‥。
しかし、一週間後の火曜から天候が急に荒れ出してしまい、
結果ジョムソン行きはキャンセルになって、私は急ぎ足で
インドへと向かった‥‥。

ー諦めていたものを、再び諦めることは容易いことだったー

by don-viajero | 2013-05-29 20:04 | | Comments(0)