陽気なイエスタデイ

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カテゴリ:夢( 57 )


2013年 04月 27日

Mission Impossible



「爺ちゃん!しっかり運転しなよ!」
1歳半(男)の孫が生意気に指図する。
「そうよ、お爺ちゃん!
 あんな車、見失わないようにね!」
追い討ちをかけるように、1歳三ヶ月(女)の孫にも
釘を刺される。
二人して埋もれるようにして、後部座席に並んだ
チャイルドシートのなかから、ワーワーキャーキャー
我がもの顔で喚きたてる。

チェロキーの前を猛スピードで走るボルボを追跡する。
「平地じゃ、ちょっと難しいな‥‥。上り坂になれば
 こっちのもんなんだがなぁ‥‥」
「これはボクたちが、爺ちゃんに出した
 “ミッション・インポッシブル”なんだからね!」
「お爺ちゃん!あんな平べったくて、
 車高の低い車なんかに負けちゃぁ嫌だよ!」
「あいあい、分かったよ!
 それにしても、お前らよく喋るねぇ!!!」
上り坂に入った途端、アクセルを思い切り踏み込んだ。

(注:実際は、二人ともまだほとんど話すことはできない)

PS:なお、この動画が削除されても当局は一切関知しないから
   そのつもりで。健闘を祈る。

by don-viajero | 2013-04-27 09:36 | | Comments(2)
2013年 03月 21日

『三兄弟』

f0140209_1929718.jpg某サイト記事からの抜粋
大多数の男性はこの男性が正面を向いているように見え、
大多数の女性は横を向いているように見えるらしい‥‥。


それぞれに人格があるように声も違う三人。
上のお兄ちゃんは声変わりも終え、野太い。
真ん中のお兄ちゃんは低いときもあれば
高いのも混ざる。一番下はいつでもキャンキャン
小五月蝿い。でも三人の顔は見えない。

風邪でもないのに一晩中咳き込んでいた‥‥。
そんな夢現(ゆめうつつ)に現れた三重奏の咳。
三人がかりではあまりにも五月蝿いので、一人、
二人と消してゆくのだが、いつでも最後まで
残るのは一番下のキャンキャン咳。

はたして眠れたのか、眠れなかったのか判らぬまま
朝を迎える。あれほど咳き込んだのに、喉は痛くない。
活動し始めたと同時に、咳は収まっていった‥‥。

by don-viajero | 2013-03-21 20:28 | | Comments(0)
2013年 02月 26日

一見(いちげん)さん

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「朝の光」

以前、の中には決して出逢ったことのない人は出てこない‥‥。

そんなことを書いたし、これ自体事実であろう。稀に本を読み終えた後、
自分が想像で作り上げた作中の人物が現れることもあるが‥‥。

ところが、つい最近、私は人生のなかで、未だかつて一度も逢った
ことのない人物の夢を見たのだ‥‥。

もうかれこれ30年も前の光景だ。村と呼ばれてもおかしくないような、
当時人口一万人にも満たない小さな町の一人の町会議員を目の前にして
「先生!先生!‥‥」と揉み手をしているやり手の若社長。その傍らで、
歯が浮くばかりか、熔けてしまうような物言いに、辟易して背を向けて
唾吐く私。因果は巡る?今、息子はその社長の下で働いている。

ここからが夢の世界。
そんなどこまでも明るく振舞う社長の横に、二人の青年が穏やかな笑みを
浮かべて寄り添っている。一人は長男のH君。もう一人はその弟のY君だ。

私は、このとき初めてY君に逢った。それは何度も顔を逢わせている社長と
長男のH君、それぞれの“えぇとこ取り”のパーツの組み合わせで、まったく
もって無理矢理色男に仕立て上げたようなモンタージュー写真の顔だった。

数日後、息子に訊いてみた。
「逢ったことはないんだが、社長の二番目の息子さんの夢を見たんだ!
 髭モジャで精悍な顔してたなぁ‥‥」
「あ!それおかしいわ!なんなら今年、会社でやった新年会の写真
 あるから見せてやるよ!」

やっぱり、知らない顔だった‥‥。   

by don-viajero | 2013-02-26 19:36 | | Comments(0)
2012年 12月 07日

夢追い人

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乾いてフカフカした柔らかな布団のような、幾重にも重なった
落ち葉の上に、なにかがあった‥‥。

周りにいる見知った顔の者たちも、それぞれがそのなにかを
手にしている。私もそれを拾い上げようと触れた瞬間、
-ビリビリ ビリビリビリ-
全身に電流が走り、その衝撃で目が覚めた。

久しぶりに起きたとき、夢を追うことが出来た。
ここ最近、あれほど毎晩の如く鮮明な夢を見ていたというのに、
トンと見なくなった。それはおそらく、見なくなったのではなく、
思い出さなくなっただけなのかもしれない‥‥。

そのくらい脳みそが疲弊してしまっているのかな?(笑)

by don-viajero | 2012-12-07 19:46 | | Comments(4)
2012年 12月 06日

母の夢

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我が家の庭で、一年の最後に緑の葉の中から顔を出す、
ヒイラギの可憐な白い花。冬の木と書いて柊。
顔を近づければ、ほのかに金木犀の香りがする‥‥。

実家の母へも温泉を届けた。翌朝電話があり、
「昨日はありがとう!気持ち良かったよ!
 それに、父さんが入りに来たんだよ!
 またときどきお願いね‥‥」
「そりゃぁ良かった、良かった!
 親父も墓んなかじゃ寒いんだろうなぁ‥‥。
 また、暇をみて運んで行ってやるよ!」

by don-viajero | 2012-12-06 19:23 | | Comments(2)
2012年 09月 24日

葬儀

どうしても、義母の通夜・葬儀に参列したいという母のため、
葬儀場近くのホテルに宿を取った。母と2人だけでホテルに
泊まるなんて、初めてのことだ。

「お前、夜中にブツブツ寝言を言っていたよ!」

「義母の葬儀の段取りを(共に今は亡き)義父、父を交えて
相談してたんだ!」

by don-viajero | 2012-09-24 19:17 | | Comments(0)
2012年 03月 31日

やんちゃ

小学校や中学校での同じクラスの者たちの学力はピンキリ。
でも、それぞれが持っている「個」が確実にあった‥‥。

私が育った地域では、四つの公立小学校から、その地域に
一つしかない公立中学校へ行くのが当たり前だった。
例外的に電車で通学しなければならない、某国立付属中学に
通う者もいたが‥‥。それはほんの例外中の例外‥‥。

いわゆる学業成績が良くなくとも、図工や美術が抜群に
上手かったり、運動神経がずば抜けて秀でていた者もいた。
おとなしい奴もいれば、僕みたいにやんちゃな奴もいた。

高校は学力としては、同じぐらいのレベルの者同士が集まる。
それでも小学校や中学校と同じように運動神経は千差万別だった。
もっとも同学年350人以上も集まれば、学力だって、卒業時には
それなりの差ができて当然のことだろう。

同学年で、お互い存在は知っていて、在学中何度か口ぐらい
きいたことはあるが、それほど親しい仲でないから、仲間も
遊ぶ場所も違っていた。それでもそんなちょっと気になる
やんちゃな奴が数人はいた‥‥。

最近、そんな奴らが僕の夢のなかにチョイ出演する。
もちろん、違う場面、違うストーリーのなかではあるが‥‥。
あの当時のやんちゃなままで‥‥。
ひょっとしたら僕も奴らの夢のなかに、やんちゃなまま
出演しているのかもしれない‥‥。

by don-viajero | 2012-03-31 18:46 | | Comments(0)
2012年 02月 24日

デジャ・ヴュ

地下鉄の駅を人混みに交じって掃き出されるようにして
降りた。出口に向かい階段を上がるころには、周りには
誰もいなくなっていた‥‥。

隙間なく雲に覆われ、太陽すら見えない暗い空は、いくら
方向感覚の鋭い私でもさっぱりわからない。しかも街には
人っ子一人いない。でも、どこかで見たことのある風景だ。
-そうだ‥ここは広尾かもしれない‥でも、どうして?
  俺はいったい何をしにここに来たのだろうか?-

一瞬にしてすべての息づかいが消えさったかのような街を
しばらく歩くと、雑多な路地にぶち当たった。
-あっ!ションベン横丁だ!
  あれ?これって前に夢で見たことがあるような‥‥?-

そこからがちょっと違った。
薄暗い地下道の向こうには、アコーディオンを弾いている、
大腿部からくたびれた靴まで、すっくと伸びた棒が気味悪く
映っている傷痍軍人の姿が見えた。
静かに近づいても外の明るさを背にしているせいか、
顔がはっきり浮かんでこない‥‥。

その場面で目覚めた。
再びそっと目を閉じ、夢の中に現れたことのあるデジャ・ヴュを、
再現しようとしてみた。

それは前回と今回見た夢の中身を検証するように‥‥。

by don-viajero | 2012-02-24 20:07 | | Comments(0)
2012年 01月 16日

夢旅行

以前、夢のなかでスペイン語を喋ったことを書いたが、
その一ヵ月後ぐらいに英語の夢も見た。

パキスタン・ラホールから列車に乗り、カラチに向かい
帰国する予定だったのに、私はバスでペシャワールに
来ていた。カイバル峠を越え、アフガニスタンに再入国する
つもりだったらしい。その街で面白いものを見つけたので
写真をバチバチ撮っていたら、いつの間にか、物珍しがり屋の
パキスタン人に囲まれてしまっていた。
レンズ交換をしていると、横に置いたレンズに向かって、
群集のなかからにゅ~っと褐色の手が伸びてきた。
大声で「Don’t touch !」

昨夜はハノイからホーチミンまでの列車での活躍だ。
私はCIAのようなスパイで、ベトナム当局から追われていた。
夢のなかでのハノイ―ホーチミン間を走るベトナム国営鉄道には、
それぞれ往復路線でスーパー特急、特急、急行、鈍行の
計8路線が並んで走り、停車駅で別の列車に乗り換えては、
彼ら追っ手を煙に撒いていたのだ。

今年、ミャンマー行きを諦めた。
諸般の事情が重なってしまったこともあるが、いままさに民主化が
始まったばかりのミャンマーでは、ヨーロッパ人が大挙して訪れ、
高級ホテルから安宿まで、ロンプラ(ロンリープラネット:
欧米人向けの地球の歩き方版)に載っている宿はことごとく
満杯状態との情報を得たのだった。(ミャンマー在住の邦人ブロガー)

毎年のようにこの時期、どこかに行っていた私の代わりに、魂だけが
勝手に床を離れて、世界のどこかの街をふらついているのであろうか‥‥。

by don-viajero | 2012-01-16 19:59 | | Comments(0)
2011年 10月 31日

スペイン語

キューバ・ハバナのセントラル公園のベンチに腰をおろして、
行き交う人々を眺めていたときだ。一人の日本人が、私から
目を逸らさずに近づいてきた。
「オイ!Mじゃないか!!!」
「???‥‥、えっ?ひょっとしてSか?!」
高校時代、隣りのクラスにいた色男のSだった。
「お前、こんなとこで一人で何しているんだ?!」
「ただの観光だよ!そう言うお前こそ‥?
 どうしてキューバにいるんだ?!」
彼はフサフサした天パーの髪の毛を指で弄びながら、
「俺か‥?エヘヘ‥新婚旅行さ!ただし3回目のね!
 今度の若い新妻は‥ホテルで休んでいるよ!」
「ってことはバツニか!‥‥いつまでも色男だな!」
「まぁ、ビールでも飲みながらゆっくり話しをしようか!」
「よし、じゃぁ、俺、買ってくるわ!」
私は辺りをぐるりと見回して、ビールを売っていそうな
店へと向かった。
「おばちゃ~ん!Tardes ! Dos cerveza ! !(Two beer !)」
「Sí., Un momento. (Yes, Just moment.)」
なんと、まるまる肥ったおばちゃんが、ニコニコしながら
差し出してきたのは、瓶でもなく缶でもない黄金色の
ソフトクリームだった。
「No, Quiero dos cerveza. (No, I want two beer.)」
「Éste es el software de cerveza ! (This is the software of beer !)」
訳の解らぬスペイン語が飛び出してきたところで、目が覚めた‥‥。

「夢には伏線がある」‥‥。
数日前、以前からときどき顔を逢わせている高校同期のMと逢った。
「お前、E組のS、覚えているか?
 最近、あいつに逢ったんだけどさぁ、あの頃はなかなかいい男
 だったが、今じゃすっかり禿げ上がって キューピーちゃんだよ!
 アッハッハ!!!」そう言って笑うご本人様も‥ではあるが(笑)

私が驚いたのは、そんなSが初登場(もちろん髪の毛フサフサ状態)
してくれた夢ではなく、夢の中でスペイン語を使っていた
私がいたことだった‥‥。            

by don-viajero | 2011-10-31 18:37 | | Comments(0)