陽気なイエスタデイ

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2007年 12月 29日

冬の日本酒

-白玉(しらたま)の 歯にしみとほる
 冬の夜の 酒は静かに 飲むべかりけり-

若山牧水の歌であるが「秋の夜の」を「冬の夜の」に
勝手に変えてしまった。
というのは以前「日本酒」(10・25)を書いたのは
晩秋であったのだが、その買い置きした選ばれし日本酒は
ず~っと冷蔵庫の上に飾られっぱなしだったのだ。

先日、雪の降る静かな夜。
家人は誰もおらず、刺身の盛り合わせを前にして
お気に入りの銚子とグイ吞みを引っ張り出して、
熱燗を敢行した。

食道に熱いものが通る。その周辺が俄(にわ)かに火照る。
胃のほうもさぞや驚いたことだろう。
-なんだ!なんだ!このアルコールは?-
とでも騒いでいるようにジワーっと染み渡る。
一合で済ませるつもりが二合も入ってしまった。
ビールのそれとは明らかに違う酔いであった。

古来、わが民族は大陸と弧絶し、四方を海に囲まれ
独特の酒を育ててきた。それが日本酒である。
その味わいは、この列島で純粋培養され、
世界に類似のない酒になった。
稲作が生んだ日本酒は、それを育てた村人たちが
豊作を神に感謝するため、神とともに皆で飲むものだった。
万(よろず)の神に奉(ささ)げるのは日本酒であり、
ビールに取って代わることはないだろう。
近づく正月には和服を着てお屠蘇(とそ)をいただく。

「食卓の国際化」によって、米とともに日本酒の
国内消費量は減っている。
特に若者の日本酒離れは顕著らしい。
ささやかながらわが国の農業と文化の保護に貢献しよう。

by don-viajero | 2007-12-29 12:57 | エッセー | Comments(0)
2007年 12月 23日

コンパ/Ⅱ

この会合に出席したことは有意義なことばかりではない。
いわゆる『P・T・A』も覚えた。
P=パチンコ、T=タバコ、A=アルコールのことだ。

文化祭には寸劇にも参加した。
時期になれば毎週のごとくあちこちの公民館を
借りて練習したものだ。
1年のときの役柄は覚えていないが、
姉から借りたセパレーツの水着で舞台に立った。
燃え上がるような恥ずかしさで、終了後そのままの
格好でプールに飛び込んで身体を冷やした。
2年のときはあの『巨人の星』の主人公・星飛雄馬役だった。
うさぎ跳びをしながら「とうちゃん!」と叫び、こける。
3年になれば舞台には上がらず、面白おかしく受け狙いの
脚本を考え、下級生にやらせる。
また、3年ともなれば、F高の郷友会にもときどき招かれ、
通う高校は異なっても、同郷の中学を卒業した顔馴染み。
人生を、政治を、進路を、恋までも語りあった。

おそらく今ではこんな集会はやってはいないだろう。
もっとも、酒宴をわかっていて提供してくれる公民館など
どこを探してもあろうはずがない。

当時はそれが可能だった。しかし今の高校生は‥‥?
自分が生きた時代と比べることはできても、
それを当てはめることも求めることも愚かなことだ。
すべてにおいて生きている時代が違うだけなのだ。
これはいつの世代でもいえることであろう。

ただ、この「コンパ」なるもの、如何なる毀誉褒貶(きよほうへん)が
あろうとも、私の青春のなかでは大きな意味合いを
持ったものであったことも事実である。

by don-viajero | 2007-12-23 20:28 | エッセー | Comments(0)
2007年 12月 19日

コンパ/Ⅰ

高校入学後、間もなくして同じ中学出身(郷友会)の
歓迎コンパに招待された。

公民館を借り上げ、先輩たちがカレーでもてなしてくれた。
2.3年生を前にして我々新入生が座って並ぶ。
厨房からはカレーの香ばしい匂いが漂ってくる。
カレーが運び込まれる直前、灯りを消した。
暗闇のなかで先輩からは
「我々が新入生のために心を込めて作ったカレーだ。
 しばらく、この状態で味わって食べてくれ!」
なにやら怪しいとは思いつつもその味はカレーそのものだった。
数分して灯りが点けられた。
我々のテーブルのカレー皿は青やら赤やら緑のものだった。
そう、色粉を混ぜたものだった。

上座にデンと座り込んでいる3年生は一升瓶に茶碗酒。
まるでおっちゃんと昨日中学を卒業したばかりのひよっこの違いだ。
私は隣のM君に
「俺たちが3年生になったら、あんなバカなことは
 しないでおこう!」
と彼にだけ聞こえるような小声で耳打ちをした。
しかし、なんのことはない。
その2年後、私たちは同じことをしていたのだった。

この郷友会というコンパは年、数回行われた。強制ではない。
各学年でも数人しかいないが出席した女の子は
8時には帰宅させ、しかも男二人で家まで送る。
酒を飲んだ者は外出しない。
これが不文律だった。

ケラケラ腹を抱えて笑い転げながら「猥歌」も覚えた。
先輩たちと膝を突き合わせて夜を徹して語り合う
有意義な場であったことも確かだ。
部活とはまた違った先輩、後輩という縦の繋がりを
叩きつけられた場でもあった。

by don-viajero | 2007-12-19 20:31 | エッセー | Comments(0)
2007年 12月 13日

理系・文系

英・国・数・理・社のいわゆる主要5教科。
このうち得意科目だったといえるのは英・数・社。
国の漢文はチンプンカンブン。古典はコテンコテンだった。
理では特に物理が苦手だった。化学、生物は辛うじて及第点。
社の歴史は日本史、世界史も好きだった。
とりわけ地理にいたっては得意中の得意だった。
この科目は中学、高校とも良き担任に恵まれたと
いうこともあったからだろう。
こうしてみるといったい理系人間なのか、文系なのか‥‥。

作家といえば文系と思いがちだが、諏訪出身の新田次郎は
元測候技師という完全な理系人間だった。
細君である藤原ていの書籍「流れる星は生きている」が
ベストセラーになったのに触発され、処女作「強力伝」で
直木賞を受賞した。
もう一人、大町に移り住んだ丸山健二。国立仙台電波高等学校卒業。
その二年後「夏の流れ」で芥川賞を受賞し、
当時、史上最年少芥川賞作家として注目を浴びた。

骨子の整ったフィクションを構築するとなると、
いわゆる理系の持つ合理性や客観性が必要となって
くるのではあるまいか。

丁稚奉公して苦労を重ねた松本清張もそうであったように、
彼らは決して恵まれた文学環境で育ったわけでなく、
ましてや大学の文学部などとは縁もなかった。
読書を好み、大衆を広くつぶさに眺めるところから
自分の小説を創り出したのであろう。

さて、本題であるがどうも世の人々は十把一絡げ(じっぱひとからげ)
にして括(くく)ってしまいたい傾向がある。

理系・文系とまでいわなくともそれぞれの分野で中間を
歩んでいる人間も数多くいるのではないだろうか‥‥。

by don-viajero | 2007-12-13 20:45 | | Comments(0)
2007年 12月 09日

若い者(もん)

『今よりも 若くなれる日 誰もない』(川柳のつもり)
この世に生ある者、この一瞬に生まれたばかりの
赤ん坊でさえそうである。

数年前、久しぶりに松本からのローカル線に乗ったときだ。
休日ともあって乗客は疎らだった。
目の前の長椅子には私服の高校生と思(おぼ)しき男の子が、
その長い足を持て余すかのように投げ出して座っている。

何気なく、彼を観察した。
時折、ペットボトルの蓋を開け、二口、三口、口に含む。
私が降りる二つ手前の駅に電車が止まろうとしていた。
彼はまだ飲み干していないそのボトルを床に置き、
立ち上がり乗降口のほうへ向かおうとしていた。
「お兄さん!忘れ物だよ!」
そう言って振り向いた彼に指差した。
その表情から怨色(えんしょく)があったか、照れたのか
推し量ることはできなかったが、無言でそれを
手に取り降りて行った。

-まったく、今どきの若いもんは!-
そんな愚痴を言う歳になってしまったのだ。
数十年前には私もまた人生の先輩たちから
そう言われて育ってきたのであろう。

エジプトの遺跡の中から五千年前の碑文が発見された。
学者たちが頭をつき合わせて解読したところ
「今どきの若い者は困ったものだ」と記してあった‥‥。
という秀逸なジョークがある。

五千年も昔から大人たちは「今どきの若い者は困ったものだ」と
嘆き続け、そう言われた若者が大人になってみるとヤッパリ
「今どきの若い者は困ったものだ」と嘆き続けてきた。
という笑いであろう。

逆に「年寄りのくせに」とか「いい歳をして」とか
言われないようにしなければなるまい。

by don-viajero | 2007-12-09 19:28 | エッセー | Comments(0)
2007年 12月 04日

嗜好

浮気をした。
といっても不貞を働いたのではない。
十数年以上晩酌で飲み続けてきたビールの銘柄を替えた。
晩酌は瓶ビール一本と決めている。

昨年の正月。サントリーに勤務している友人宅で
「プレミアム」を馳走になった。
爽やかな味わいに甚(いた)く感銘を受けた。

以降、自分へのご褒美に託(かこ)つけては飲んでいた。
しかしながら、この銘柄はちと高いのが玉に瑕(きず)。
ということで、これよりワンランク下の「モルツ生」缶を
時折購入しては飲むようになっていた。
そして、ついにいままでの「一番搾り」から「モルツ」へと
替えてみた次第である。

振り返れば、日本酒も「剣菱」⇒「大雪渓」⇒「信濃錦」と
糖度の低い清酒へと変遷してきた。

ビールの銘柄もいまほど種類のない時代には
「キリンラガー」⇒「アサヒスーパードライ」⇒「一番搾り」となった。

ところで、この浮気によって思わぬ副産物が生じたのだ。
寒くなり始めると、どうしても夜中一回トイレに
起きていたのだが、それがなくなった。

何故か調べた。
「モルツ」は麦芽・ホップのみなのだが「一番搾り」には
それ以外に米・コーン・スターチが含まれている。
おそらくは、このスターチ(でんぷん)なるものが
何らかの作用を働かせていることに起因しているであろうと
推測される。

当分、この銘柄を続けるつもりである。

by don-viajero | 2007-12-04 20:39 | エッセー | Comments(0)