陽気なイエスタデイ

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2008年 03月 30日

文章

とても「洒脱」にはほど遠いかもしれませんが、
月一回ぐらい短編小説を創っていこうと思っています。

最近見た「夢」を題材にして「超」をはずしたものも
近いうちに発表します。いまはそれを校正中。
これは「あだやおろそかにできぬ、洒脱」な作品に
仕上がると思っています。

忌憚なき寸評をお待ちしています。

by don-viajero | 2008-03-30 13:55 | 超短編小説 | Comments(0)
2008年 03月 30日

超短編小説 2題

それが本当にあったことなのか?誰かに聞いた話なのか?
昔、本で読んだことなのか?それとも夢のなかの出来事なのか?
あるいは‥‥???

『自己完結』
私の人生訓「自分のことは自分でしなさい」
それは厳格な母から耳にタコができるぐらい繰り返し言われ続けた。
そうすれば立派な人間となり、幸せに過ごせるというものだった。

幼いころから部屋の整理整頓はもちろん、学生時代も規則正しい
生活を送ってきた。それなりの会社にも就職できた。

しかしながらいま幸せを味わうことができない。
それは口うるさい上司がいてストレスだけがたまる毎日だ。

そんなとき脳裏にあの言葉を思い出した。
「自分のことは自分でしなさい」

翌日から私の上司は行方不明となり出社していない。

『感触』
北風がヒューヒューとわびしい冬の口笛を吹き鳴らしていた。
そんなある日、ほんのささいな口げんかをしただけだったのに‥‥。

彼女が衣装や身の回りのものを残し、突然部屋を出て行ってから、
はや一ヶ月が過ぎようとしていた。

わけのわからぬまま毎夜荒れた飲み方をしていた。
いつものように酔いつぶれ、まだ薄暗い早朝帰宅した。

マンションの鍵を開け、寝室へ入った。
冷たい風が頬を撫でる。窓がわずかにあいていた。

ベッドに潜り込もうとしたとき、毛布の下でかすかに動くものがあった。
そこには見覚えのある蛇皮のブーツが覗いていた。
-やっとオレのところへ帰ってきたのか!-
懐かしい女の脚を抱きしめた。
柔らかく、しなやかではあるがひんやりした感触。
奥へ手を差し入れ、脚の付け根を求めた。
だが、その脚は長い、どこまでも長かった‥‥。

朝もやのなかスピーカーからの声が響く。
「ご町内の皆さま。朝早くからお騒がせして申し訳ございません。
 動物園からニシキヘビが逃げ出して‥‥」

by don-viajero | 2008-03-30 13:46 | 超短編小説 | Comments(2)
2008年 03月 26日

伯母

父の姉である伯母が今朝、息を引き取った。齢91.

ガタガタした一日のなかでも、
やはり、想いはその周辺へと導かれる。

そのころ伯母の家は私が育った家の近くにあり、
辺りには山葵田が点在していた。

小学生の夏には誰もいない家へ帰るより、
伯母の家へ行き、カバンを置いて悪がきらとウグイ獲りや、
カジカのモリ突き。冷たい清流に戯れる毎日であった。
山葵田を掘ったときにできた小山、そしてそこに生えた木々は
四季を通じて、揺籃期の子らにとっては絶好の遊び場だった。

伯母の家の卓袱台にはいつも我が家には並ばないものや、
まったく違った味付けのものが置かれていた。
それはいつ何時(なんどき)客が来てもいいように
用意されているものであったと思っている。

私が成人して、時折訪れるときでもそのスタイルは変わらなかった。
生まれてずっと味わってきた「おふくろ」の味でもなく、
結婚して染み付いた「カミさん」の味でもない、「伯母」の味であった。

幼子を残して、連れ合いに戦死されてしまったにもかかわらず、
気丈にも一人娘を育て、愚痴を零すでもなく、がんばってきた「おばちゃん」。
ご苦労さん!そしてありがとう。        

                               合掌

by don-viajero | 2008-03-26 22:03 | エッセー | Comments(0)
2008年 03月 23日

男と女

向田邦子の作品に「男(お)どき女(め)どき」というのがある。
これは連作短編集の通しタイトルとして用いられた。

広辞苑を引くと「男どき」=幸運に恵まれているとき。
「女どき」=すべてがうまくいかないとき。とある。
世阿弥が「風姿花伝」のなかで作ったらしい。
人生にはそういう波がある。今風に言い換えれば「バイオリズム」。
連載途中で飛行機事故に遭って他界してしまったということは、
穿った見方をすれば、彼女にとってそのときが
最悪の「女どき」であったのかもしれない。

「男坂」「女坂」というものもある。
「男坂」は近道だけど上りがきつい。
ところが「女坂」は遠回りではあるが、傾斜が緩くゆっくり上れる。
男と女の本質を言い当てているように思える。

-暗い穴倉に閉じ込められたとき、男は行動を起こして、
なんとか逃げ道を捜そうとする。しかし女はじっとその場に
留まっていて、助けが来るのを待つ-
そんな話を聞いたことがある。

停電になったときウロウロと動き回るのは男のほうであり、
「いまにつくわよ」と待っているのは女のほうだ。
また、レストランで注文の品がなかなか出てこないと、
苦情をもらすのは男のほうで、女のほうは首を傾げながら待つ。

生理的に考えれば、男のほうが瞬発力において女より
すぐれている。一方女のほうが持久力において勝っている。

男にも女にも、老いも若きも「男どき女どき」が必ずある。
長い人生ゆっくり見極めて生きたいものである。

おっと、そういえば私はじっくり構えることのできぬ
「男」のほうであった‥‥。

by don-viajero | 2008-03-23 20:24 | | Comments(2)
2008年 03月 20日

卒業

以前触れたように、私が通った高校は当時、男子の数が圧倒的に多かった。
女子の数はせいぜい一割ぐらいではなかったろうか。
男子校と言っても過言ではなかっただろう。
現に私は一年のときは男だけのクラスだった。
保育園、小学校、中学校を通して初めての男だけの世界だった。
そのため、高校自体いささか粗野な部分も多かったかもしれない。
ある意味“蛮カラ”っぽい校風でもあった。

いまでもこの高校の卒業式は印象深い想い出として残っている。
ありきたりの式典が終わり、我々卒業生が見送られ
会場をあとにするときだ。見送る側の在校生からのヤジ。
「出て行けぇ~!」
-いま、出て行くとこじゃねぇか!-
「二度と来るなぁ~!」
-来るはずねぇだろうよ!-
「ア・バ・ヨォ~!」
-はい、はい、サヨウナラ!-
ほとんど罵声や怒号のなかでの退場。
そこには「感傷」などというものは微塵も存在しない。
加えて投げつけられるものといったら五色の紙テープやら
トイレットペーパー。挙句にコンドームまでが宙を飛び交っていた。
もちろん、我々が在校生で三年生を送るときもそうであった。
なにせ二年生にとってみれば、威張り散らした「目の上のたんこぶ」の
上級生がいなくなるのだから、新学期を迎えれば「我が世の春」になるのだ。
そこには“厳(おごそ)かに”参加している保護者もそうはいなかった。
今のように多くの親がかりの卒業式ならば“荒れた式典”として、
ニュースにでもなることであろう。

今まさに卒業シーズンだ。別れの次に来る出逢い。
「出逢いは偶然であり、別れは必然である」
それぞれの旅立ちが始まり、出逢いが訪れる。
そして、よき友との出逢いはその人の運命をも新しく創ってゆく。
春が来て、木々が芽吹き、花々が咲き出す候。
あちらこちらで桜の花が咲き、あっという間に散ってゆく。
まるで散り際の美学を鼓舞するように‥‥。

日本における若者たちの卒業、その後に訪れる入学や旅立ち。
やはり、この時期が似合っているような気がする‥‥。

by don-viajero | 2008-03-20 12:11 | エッセー | Comments(0)
2008年 03月 15日

ジョーク

脳みそが疲れたとき、書棚から引っ張り出すのがジョーク関連本。
「ジョーク」の宿命は、聞いたとき見たときパッと笑い、
そしてすぐに忘れてしまう。だからか、いつ見開いても新鮮だ。

先日、読み返した「とっておきのいい話」(文藝春秋編)の中から。
-5歳ぐらいの男の子が母親に尋ねました。
「ママ、新婚旅行ってなあに?」
「結婚したばかりの男の人と女の人が一緒に旅行することよ」
「ふぅん、ママもパパと行ったの?」
「行ったわよ。とても楽しかったわ」
「そのとき、ボクも一緒に行ったの?」
母親は落ち着いて答えました。
「もちろん、行ったわよ。行きはパパと一緒に帰りはママと一緒にね」-

-ある男がノミの研究をしていた。男はまず、ノミの足を一本ちぎり
「跳べ!」と命じた。ノミは跳んだ。次に二本ちぎって「跳べ!」と
叫んだ。やはりノミは跳んだ。今度は足を全部ちぎりとって「跳べ!」と
命令した。が、ノミは微動だにしない。男はノミの研究報告のなかに
次のように書き込んだ。
「ノミは全部足をちぎりとられると耳が聞こえなくなるらしい」-

-スシ詰め状態の満員電車で若い女性が必死の形相で叫んだ。
「降ろして下さい!次の駅で降りま~す!降・ろ・し・て・ッ!」
あまりにも大声をあげたので、カンにさわった中年のオヤジさん、
「ウルサイッ!堕(お)ろすなら作るなッ!」-

-瀕死の重症患者の脈をとっていたお医者さん。
いまわのきわの老人の耳元に口を寄せ、
「おじいさん最後のひとこと、ひとこと、たったひとこと」
ご老人、眼をカッとひらき「ご臨終です」-

最近見かけた秀逸な川柳「恋女房 いつのまにやら 肥え女房」
誰が言ったか川柳こそが日本版ジョーク=「冗句」であろう。

先日、某行政投稿板に投句した私の作品。
「日本中 土建化(どげんか)せんと 知事騒ぐ」

by don-viajero | 2008-03-15 14:50 | | Comments(2)
2008年 03月 07日

初恋

色褪せたセピア色の記憶のなかにあって、
少しばかり色づけをしてみたいものがある。

誰にでもあっただろう『初恋』。
「小さな恋のメロディ」ではないが、
おませだった私のそれは小学校低学年のときだった。

その彼女に、最近夢のなかでチョコチョコ出逢うようになった。
まるで忘れかけていたマイドキュメントのフォルダーから
引っ張り出されたように‥‥。

小学生のままのときもあれば、成人の姿で現れるときもある。
残念ながら、秋波を送られることもなく、
結果、恋愛関係に陥るというストーリーにはならない。
どういうわけかいつもチョイ役で終わってしまう。
朝、目覚めたとき
-少しぐらいときめきがあってもいいのになぁ-
と地団駄を踏む思いである。

そういえば年を重ねるごとに胸がキュンキュンと締め付けられたり、
ドキドキしたりの『ときめき』というものを感じなくなってしまっている。
人間が図太くなってしまったからであろうか?
若いころとは違い何も『ときめき』は女性に対してだけのものではない。
いろいろな『ときめき』があって然るべきであろう。

脳みそが老いてくるとともに煩労(はんろう)がそのものを
排除しているのかもしれない。

ちなみに、夢判断「昔の恋人」を調べると、
-思い出にひたるよりも前向きに生きなさいという警告-
とあった‥‥。

by don-viajero | 2008-03-07 20:11 | | Comments(2)