陽気なイエスタデイ

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2008年 04月 27日

花散らし

我が家には樹齢200年以上は経っているだろう山桜が五本ある。
おそらく今日が「満開宣言」であろう。

ソメイヨシノのように先に花が咲き、しばらくはその花々を
愛でることもなく、咲いたと思ったらすぐに葉が出てくる。
この五本のうち、毎年一本だけがやけにピンク色の花を咲かせる。
しかし、今年のように急に暖かくなったせいか、
みな同色の淡い白んだ色合いである。

ダライ・ラマ14世の言葉に
「本当の意味での愛と慈悲は、決して怒りの心とともに
 くることはありません」がある。

ほとんど同じ土壌に育った山桜でも種が違えば花の色も違う。
違うからこそ、それぞれに美しさがある。

長野で行われた「聖火リレー」で善光寺の示した態度は
仏教徒ならずとも全世界の人々に多くの共感を与えたことであろう。

ほんのちょっとした気候のいたずらによって、
色を変えてしまった山桜。

しかしながら、彼の地で暮らす人々の心はそんなちょこっとしたことでは
変えることはできないだろう。
それが歴史であり、きっと来年はまた我が家の山桜の一本も
見事なピンク色の花を咲かせてくれることであろう。

長野での桜の花散らしのなか走った聖火が、
善光寺に集まった人々や僧侶たちの祈りとともに平和と友好の
メッセ-ジとして届くことを期待したい。

by don-viajero | 2008-04-27 19:30 | エッセー | Comments(0)
2008年 04月 24日

超短編小説 『暖』

北国の冬の鈍色(にびいろ)に覆われた薄暗い天空は、
時折白い渦を舞わせコーっとかすれた声を響かせる。

長いことこの地で暮らす者でも今年は格別に寒い。
値上がりの続く灯油代もバカにならない。
我が家は数年前、流行の床暖房にしたのだが、
それも切りっぱなしである。

隣接の小学校も床暖房。
休み時間ともなれば、薄着ではしゃぎ回る児童の姿が、
ドテラでも羽織らなければいられないような部屋の
凍てつく窓越しから眺められる。
そんな寒い日々でも、子供たちは快適な学校生活をしている。

私は配管工。
その学校の水道管が凍ってしまった。
折りしも冬休み前日。
休み中に工事を請け負った。

学校が再開されると我が家の床下からは
コーっとかすれた声を響かせる暖かな流れが聞こえてくる。
そして、Tシャツ一枚で温(ぬく)い部屋の窓越しから
いつもの子供たちの元気な姿を眺めている。

by don-viajero | 2008-04-24 20:00 | 超短編小説 | Comments(1)
2008年 04月 20日

無知の涙

-独りで誕(う)まれてきたのであり
 独りで育ってきたのであり
 独りでこの事件をやったのであり
 とある日 独りで死んで逝(ゆ)くのだ
 そこには 他との関係は一切れも存在しない
 まるで 路傍の小石のように
 ‥‥中略‥‥
 涙が頬にかかるとき それは 無知の涙ではない
 涙せる日を憧憬し 存在を置く
 無知の涙とは 悠久の果てにもないかもしれない
 でも それが 頬にかかるとき 私の涙は無知でなくなる-

数十年前の4月7日、連続射殺魔「永山則夫」が逮捕された。
これは中学でろくに勉強もせずに「貧乏が悪い」と言って、
関係のない人間を次々と射殺した彼が獄中で残した一遍の詩である。

若いころ、この「無知の涙」を手にしたときの激しい衝撃を
私は忘れることができない。おそらく、殺してしまった四人の死者への
言い尽くせぬ錘(おもり)を引きずりながら、獄中で膨大な読書を
したことであろう。結果、中学をオール1同然で放り出され「資本主義」を
罵ってきた中卒者が「無知」でなくなった。
しかし、この「知」を得たことが、果たしてすべて遅すぎたことなのだろうか?
放たれた銃弾は戻らず、死者は甦ってこない。
今大事なのは行き場のない、こうした若者たちを「殺人者」として
牢獄へ送り込まないことではないだろうか‥‥。

重大事件が起こると決まって行われる「精神鑑定」。
そもそも、正常な精神の人間が殺人など犯すわけがない。
「そのとき」が異常な行動なのだ。

この22日、広島高裁で「光市母子殺人事件」の差し戻し控訴審の
判決が下される。

そして、来年の5月から始まる「裁判員制度」。
その前にやらなければならないことがあるのではないか。
それは「刑法改正」である。現法の「無期懲役」と「死刑」ではあまりにも
雲泥の差が存在する。断っておくが私は死刑廃止論者ではない。
絶対に出獄することのできぬ、自らの贖罪(しょくざい)を全うできうる
「終身刑」が必要になってきていると思っているのは
私一人だけではないだろう‥‥。

 

by don-viajero | 2008-04-20 08:24 | | Comments(2)
2008年 04月 17日

応援団

今朝、某地方紙に私が通っていた高校の新入生が
応援練習をやっている写真が載っていた。
どの生徒も、如何にも初々しい姿で写っている。
この時期、どこの高校でも行われるだろう
風薫る春の風物詩である。

これは体育会系に入部しない限り、よほどの理由なくして
拒むことのできない、強制的といってもよい練習である。

脇を歩き回る怖いオッサン先輩たちから罵声が飛ぶ。
「声が小さい!!!」
「それでも県陵生か!!!」
モゾモゾしている子は前に引っ張り出され
一人で復唱させられる。まるで軍隊だ。
こうして一人前の「県陵生」となってゆくのだ。

もっとも私が三年になったときには、勝手に応援団の
仲間入りをし、代々受け継がれてきた「ガクラン」を着込み、
高下駄でウブな新入生を可愛がったものだった。

思えば、中学三年では応援団長となり、そのころから
地声がでかくなったのかもしれない。
友人らとの飲み会でもつい、興奮して大声になってしまう。

いまでは、気の置けぬ友と年一回か二回行くプロ野球観戦の
さなか、その地声で贔屓チームへ大きな応援を送っている。
翌日はすっかりかすれ声になってしまう有様だ。
しかし、これはストレス発散には大いに役立っている
ことと思っている。

by don-viajero | 2008-04-17 20:07 | エッセー | Comments(0)
2008年 04月 14日

電気ブラン

この名前に初めて接したのは、30年以上前に読んだ
太宰治の「人間失格」である。
そのなかに登場する、安くてコストパフォーマンスの高い
廃人養成酒としての名だ。
-堀木に財布を渡して一緒に歩くと‥‥
 酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものは
 ないと保証し‥‥-

そして、その十年後ぐらいに購入した滝田ゆうの漫画「寺島町奇譚(きたん)」。
このなかに描かれているのは戦前の玉ノ井界隈(現東京の東向島あたり)。
主人公「きよし」少年の家族が営む飲み屋で、粋な客がグイっと
あおる電気ブラン‥‥。

先日、友人と横浜へ野球観戦に行ったとき、翌日ラーメン博物館に寄った。
前もってネットで調べるとその電気ブランを飲ませてくれる店があったのだ。
かねてから一度は口にしてみたかった酒である。

博物館は昭和33年の街並み設定ということではあったが、
そこはまるで滝田ゆうの漫画の世界そのものだった。
すっかりタイムスリップしてしまい、快いノスタルジーに浸りながら
入った店はカフェーバー「35ノット」。

友人とともに注文。角氷の入った水グラス、そしてグラスの底と
同じ大きさの丸氷。このなかに注ぎ込まれたアルコール30度の
電気ブランなるものがカウンターに並べられた。

ブランデーとジン、ワインキュラソーそして薬草が配合されているが、
材料の詳細、配合の割合はいまも秘密にされているらしい。

そのブランデーベースの薄赤い液体はほんのり甘く、脳みそを
遥か昔へと誘(いざな)うような飲み物であった。

酔いも手伝い、私自身も少年時代を思い返し、周りのすべてが
昭和30年代に戻ったひとときであった。
これも、その時代を生きてきた者だけが知り得る喜びであろう‥‥。

by don-viajero | 2008-04-14 20:49 | | Comments(2)
2008年 04月 06日

『故郷・Ⅲ』

小さなプラスチックの箱を携え、暗いトンネルを歩いていると、
再びあの歌を唄っていた。
岩肌には、村人たちが祭りで踊っている姿が映し出され、
私が吐き出す大きな歌声は、次第にトンネルのなかで反響しあい
合唱となって聴こえてきた。、まるで村人たちの歌声となって‥‥。

家に着いた私は、やはり小学校一年のとき書いた作文を探した。
-どこかに仕舞っておいたはずだが‥‥
 そうだ!ひょっとしたら父の遺品のなかにあるかもしれない!-

そこには『宝物』と記された未開封の白い封筒があった。
開けてみると、それは私の「故郷」という題の作文だった。
なつかしい文字で綴られた「故郷」は、祖父や父とは違う場所では
あるが、明らかに私が生まれて育った、幼いころのこの地への
想いであった。

数日後、保育園に通う一人息子にそっと耳打ちした。
「今度、二人で庭に穴を掘ってタイムカプセルを埋めよう!
 そのなかには亡くなったお前の曾おじいちゃん、おじいちゃん、
 そしてお父さんとお前だけの秘密の宝物を入れよう!」
「秘密の宝物?でもボクのDSはいやだよ!」
「そうか!お前の宝物はゲームだよな。でも心配するな。
 それはきっといまのお前には宝物なんかじゃないよ!
 しかし、大人になったとき、それは宝物になると思うよ!」
「ふうん。そんなものボク持っているかなぁ?」
「まぁいいさ!大きくなったら掘り返してみればいい!」
「うん、わかったよ」

大都市のビル群に沈む真っ赤な夕日が、整備された河川敷の
歩道を並んで歩む私と息子の背を暖めていた。
そして、また口ずさんでいた。

♪うさぎ追いしかの山 小鮒釣りしかの川
 夢はいまもめぐりて 忘れがたき故郷

その歌声は、爽やかな春の風とともに川を渡り、私の住む町の
彼方へと吸い込まれていった。
                             (完)

by don-viajero | 2008-04-06 08:19 | 超短編小説 | Comments(0)
2008年 04月 06日

『故郷・Ⅱ』

あの夢を見てから数週間後。
都会にも桜の便りが聞こえ出したころ、私は父が育った地を、
あえて夢の情景と同じ雪の残るこの時期に、一人で出かけた。

前日は近くの温泉宿に泊まり、父からは詳細を聞かされなかった
その村の話を仲居さんから訊き出すことができた。
幸いその年は積雪量が少なかったこともあり、翌朝タクシーで
集落の入り口であるトンネルまで行くことができた。
そこから先は歩いて行くしかない。

真っ直ぐに伸びたトンネルの向こうには、まるで別の世界への
入り口のような小さな光が見える。戻ってくるまで待っているよう頼み、
暗い500mほど先にある世界へと一人歩を進めた。

懐中電灯に照らされた、コンクリートに覆われていない岩肌は、
あの夢のなかで見た彫り物が、いくつも重なり合うように思えた。
それは見ようによっては、人間の蠢(うごめ)く姿にも見えた。

出口へ辿り着いて飛び込んできた光景は、夢のなかのままだった。
私は早速持参してきたカメラのファインダーを覗いた。
全神経を研ぎ澄ませて、あの夢を再現しようとした。
ファインダーから見える世界、あのとき絞れなかった焦点を求めた‥‥。

そこは頭のない地蔵の台座だった。
私は冷たい雪を掻き退け、台座をずらし下にあるものを求めた。
-あったぁ!-

プラスチックの箱のなかには、たどたどしい文字で綴られた
小学校一年時の父と祖父、二人の作文があった。
題名は同じ「故郷」。読み終えてそっと瞼を閉じた。
そして、そこに書かれていた朴訥で素直な文章の情景を思い描いた。
今、目を開ければ広がっている雪景色から白いものを消し去り‥‥。

いつしか口元からあの歌が流れていた。
♪うさぎ追いしかの山 小鮒釣りしかの川‥‥

by don-viajero | 2008-04-06 07:56 | 超短編小説 | Comments(0)
2008年 04月 06日

『故郷・Ⅰ』

数軒の朽ち果てた家屋の屋根には、いまにも押しつぶして
しまうのではないかと思われる大量の雪が積もっている。
山々に囲まれた僅かばかりの平らな耕作地であっただろう
段々田は、こんもりと白いものに覆われている。
獣の足跡だけが点々とある。誰もいない、静かな朝を迎えた
辺りには墓石の倒れたものやら、頭部のない地蔵がポツンと
異彩を放っていた。そこは無人となった集落の冬。
眩(まばゆ)い光のなか、私はファインダー越しから覗いていた‥‥。

部屋の窓から差し込む、啓蟄(けいちつ)を過ぎた穏やかな朝日に
目覚めされた私は、今見たばかりの夢を追っていた。
-たしか、長くてへんなトンネルを抜けたらその集落があったんだ。
 はたしてそんなところへ行ったことがあったのだろうか?
 あの両脇に掘られていた得体の知れない群像。
 あれは一体なんだったのだろうか?-

遠い昔、小学校二年生ごろか。父が育った故郷のことを
話してくれたことがあった。そのころから祖父は、その集落が
いずれ誰一人いなくなることを悟っていたらしい。
うろ覚えの父の話だと、
「お父さんが小さいころ、お前のおじいちゃんとで
 ある場所に二人の大事なものを埋めたんだ。」
「ふうん。その大事なものってなぁに?宝物なの?」
「そう、宝物かも。それは見てからの楽しみにしておこう。
 お父さんもその中身は知らないんだ。多分“あれ”だとは思うが‥‥。
 あの集落が朽ちて雑草が生い茂り、隠し場所がわからなくなる前に、
 いつかお前と一緒に掘りに行こう。これは死んだおじいちゃんと
 お父さんとお前だけの秘密だぞ!」
「うん!わかった。楽しみだね!」

そんな話を聞かされて間もなく、父は交通事故で早世した。
この話を母に訊ねても父から聞いたことはないらしい。
しかも、母は父の生まれた場所へすら行ったことがない。
それ以来、その『宝物』のことはすっかり忘れていた。

最近耳目(じもく)する「限界集落」という言葉が、私の奥底に
眠っていた記憶を呼び覚ましたのかもしれない。
 

by don-viajero | 2008-04-06 07:32 | 超短編小説 | Comments(0)
2008年 04月 02日

きぼう

エンデバーの土井さんが無事帰還した。
私と大差ない年齢。
50歳を超えたとき兄さんとの会話で、
「お前、もう飛ぶ機会がなくなったっていいじゃないか?」
と言われ、
「飛ぶ機会がある限り飛ぶ!」
と毅然と答えたそうである。

幼いころからいわゆる天文オタクであり、
2002年、2007年に余事を排して覗き続けた望遠鏡で
超新星も発見したそうだ。
しかも、同時に「何度でも宇宙に飛びたい」という揺籃期からの
夢を持ち続けたことに頭が下がる思いである。

以前「天は二物を与えず」と書いたのだが、
宇宙飛行士になれる人は頭脳もさることながら、
運動能力においても秀でていなければならない。
もちろん本人の弛(たゆ)まぬ努力と強い意志によるところも
大きいことであろう。

まさに私のようなボンクラな人間にはとうてい無理なことだ。
ただ、そういった我々「中年の星」土井さんには
惜しみない拍手を送りたいし、今後の彼の仕事に
期待したいところである。

最後に、今回宇宙の土井さんと筑波との初交信で
「You are our hope !」と代弁してくれた
宇宙飛行士予備生の彼女に
「Thank you for your nice message !」

by don-viajero | 2008-04-02 19:39 | エッセー | Comments(0)