陽気なイエスタデイ

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2008年 06月 30日

散文 『時』

素直な時もあった。
無頼ぶって生意気な時もあった。

大人になって人生を知った。
喜怒哀楽の日々が続く。

だから楽しいのだ。
だからうれしいのだ。
だから喜びがあるのだ。

時間だけが正確に日々刻まれてゆく。
時の流れを止められるほど人は強くない。
時は諦めないし、なにより律儀だ。
人は必ず揺らぐ。

だから哀しいのだ。
だから淋しいのだ。
だから苦しいのだ。

天空に輝く太陽であれ、夜を照らす月であれ、
吹き抜ける風であれ、ただ在るだけだ。

意味を与えるのは、見たり、聞いたり、
あるいは感じたりするわたしたち自身だ。

「人は誰かの心に種を蒔く。
 その種はやがて芽吹き、育ち、実をつける。
 その実となった種は、次に別の人の心に蒔かれる。
 そして思いは繋がってゆく‥‥」
『影の獄にて』(戦場のメリークリスマス)・第二部『種子と蒔く者』より。

時は決して裏切らない。

by don-viajero | 2008-06-30 19:57 | 超短編小説 | Comments(0)
2008年 06月 25日

名前

氏の場合は代々のものだから致しかたないにしても、
名は本人の意思とは関係なく付けられてしまう。
呱々(ここ)の声をあげてから一生付きまとう。
なかには、どうしても気に入らず改名する方もいるらしいが‥‥。

そして、この世から去る場合にも多くは「戒名」という、
本人には関係ないところで付けられてしまう。

そもそも「戒名」というものは仏門に入って教えを守り、
修行に励んだ仏弟子の名前、証しとして師から与えられたもの。
生前に入信して授かるものであった。
江戸時代以降、檀家制度が確立されるなかで、
亡くなった者が授戒するものになった。
それが今では仏教僧侶が葬式を取り仕切り、
仏の世界に往くのに俗名のままではいけない
ということで、死者に戒を授け浄土へと送り出す。
つまり、戒名が要らなければ仏教葬式をしなければ
よいということになる。

自分の死後にまで勝手に名前を付けてもらいたくはない。
静かに『家族葬』で見送られ、「戒名」なしで済ませてもらうか、
自分で気に入った「戒名」をつけようか、悩んでいる。
この『家族葬』は最近よく耳にするし、
私の周りでも何件か事例があった。
もし、かりにどうしても「戒名」を付けざるを得なければ、
自分の人生や生き方にあったものをと考えている。

最後に本当にあったジョークを一つ。
水泳指導者の故・木原光知子さんのもとへ、
70歳過ぎのご婦人が生まれて初めての泳ぎを習いにきた。
その理由を聞いたら、
「三途の川をバタフライで渡りたいから。」
と言ったそうだ。

by don-viajero | 2008-06-25 20:38 | エッセー | Comments(2)
2008年 06月 20日

白黒テレビ

昔、テレビは「テレビ」と呼ばれていた。
ところがカラーテレビが登場したことで、
それまでのものに‘白黒’がくっ付いてしまった。

テレビ放送が始まったのは昭和28年。私が生まれた年だ。
我が家にテレビが来たのがいつなのか記憶が定かでない。
ただ、それまでは近所でテレビがある家へ、
近くのガキどもと見せてもらいに行ったものだ。

足の付いたテレビの前面にはビロードの布をかけ、
それをめくりあげなければならなかった。
まさに「おうちシアター」であった。
小学校の畳が敷かれた視聴覚室にあったものは、
頑丈な木箱に入れられ観音扉を開けなければ
見られないものだった。
しかもご丁寧に鍵まで付いていた。

新聞紙を丸めてチャンバラごっこ。
手ぬぐいを頭巾にすれば『鞍馬天狗』。
ターバン風なら『怪傑ハリマオ』。
首に巻いてマフラーにすれば『少年ジェット』。
風呂敷の上部を首に結わえマントにすれば『月光仮面』に即変身。

お祭りの露店で買ってもらったセルロイド製のサングラスをかけ、
白っぽい風呂敷のマントをはおり、家の前の大きなクルミの木に登り、
下校途中の中学生の集団を待ち伏せ、木の上から
「月光仮面参上!」
と言ってはからかったものだ。
もっとも、からかわれていたのは私の方だったが‥‥。

子供たちにとって、テレビはまさに夢と希望がいっぱい
詰まった秘密の箱だった。
色なんかついていなくとも自然に補った。
みんな貧乏だったけれどキラキラ輝いていた。

「チャンネルを廻す」と言う言葉が何の疑いもなく
生きていた時代であった。

by don-viajero | 2008-06-20 20:24 | エッセー | Comments(2)
2008年 06月 16日

笑顔

「陰気」か「陽気」かを問われれば、
私はすこぶる「陽気」な部類に入るだろう。

見知らぬ土地を一人で旅を続けていると、
ちょっとした些細なことでも気持ちが
ささくれてしまうことがある。

お金をちょろまかされそうになったり、
時間のルーズさに苛立ったり、
しつこい奴に付きまとわれたり‥‥。
通りすがりの人が投げかける好奇な眼差しさえも、
心がささくれ立ってくることがある。

そんな意気消沈しているなかにあって、
子供たちが向けてくる笑顔ひとつで
救われた気分になる。

商売っ気なしのおじちゃん、おばちゃんとの会話。
はにかみながら、キラキラ輝く瞳で近寄ってくる子供たち。

ふと出逢った、見知らぬ人から向けられる笑顔が、
そのささくれ立った心を癒してくれる。

そして、嫌な思いは切り捨てて
新たなる「陽気」な旅が続いてゆく。

by don-viajero | 2008-06-16 20:16 | エッセー | Comments(0)
2008年 06月 12日

一周年

昨年の今日、6月12日このブログを開設した。
奇しくも、あのアンネ・フランクがアムステルダムの隠れ家で
日記を書き始めた日とも符号する。

当時は文字に表す行為として、書きたいことがいっぱいあった。
だからこそ次々に記していった。

いまでも一週間に最低一回は載せていこうと思っている。
また、拙(つたな)いながらもときどき「超短編小説」も発表?
していくつもりだ。

イエスタデイは陽気なものばかりではない。
いまでは笑い飛すこともできるが、
そのときには苦い思いをした失恋経験だってある。
いまほど陰湿なものではなかったが「イジメ」だってあった。

不思議なもので、嫌な思い出は結構はっきり覚えているものだ。
それでも、なんでもないことが陽気なものとして
残っていることも事実である。

「人に歴史あり」ではないが、誰にもそれぞれの歴史がある。
こんな一市井の私にもれっきとした歴史が日々刻み込まれてゆく。

まだまだたくさんの面白い「陽気なイエスタデイ」が
埋もれている。

人の話をよく聞く。ラジオに耳を傾ける。新聞を読む。
そんなとき、ヒョイっと思いつくことが間々ある。
それが私の「陽気なイエスタデイ」に繋がる。

ご愛読者のみなさま、
これからもよろしく!

by don-viajero | 2008-06-12 20:02 | エッセー | Comments(2)
2008年 06月 10日

超短編小説 『時の扉』

市のホームページを開いている。
我が市では今回、面白いシステムを開発し、
閲覧できるようになったのだ。

1950年代から概ね10年おきに、当時の路線図上に
市民から借り受けた写真をもとに編集し、
見たい時代のポイントをクリックすれば懐かしい光景が
現れるというものだ。

私は60年代のものを見ていた。
そのほとんどは色褪せたセピア色。
それは遥か遠い昔を彷彿させるのに十分な色合いである。

駅から続く無舗装のデコボコ道は細く、人家も疎ら。
忘れかけていた景色や顔も出てくる。
-なんて長閑なたたずまいなのだろうか!-
一つ一つ捲って、思い出が一杯詰まった昔の我が家に辿り着く。

玄関前にあった大きなクルミの木の下で、
若い父と母、おかっぱ頭の姉、みそっ歯で笑っている私がいた。
-そうだ!この木の下を流れる小川には
 沢蟹やドジョウがいっぱいいたんだ!-

マウスを移動してその小川を覗いてみた。
そこには大きなナマズが眼を見開いてこちらを睨んでいた。

-グラッ グラッ-
-地震だぁ!-

微かに家が揺れた。目が覚めた。
つけっぱなしのラジオからは
アコーディオン奏者cobaの「時の扉」が流れていた。

by don-viajero | 2008-06-10 20:21 | | Comments(0)
2008年 06月 05日

盲腸

先日、息子がお腹が痛いということで緊急入院した。
病名は「急性盲腸炎」。その日に手術をした。

昔はよく聞いた名であるが、最近はとんと周りでは
聞かなくなった。

小学校のころ、クラスの男の子がこの病気になった。
その後、立て続けに三人が盲腸炎を患った。
だからか、伝染病なのかと思ったぐらいだ。
スイカやブドウの種は特に飲み込まないよう
気をつけてきた。盲腸になるからと言われ続けて‥‥。

今は昔、バブル期のこと。
そのころ、飛ぶ鳥を落とす勢いの会社の忘年会に
招待された。運が良く?その夜、その社長が盲腸で
緊急入院。五月蝿いワンマン社長がいないとなれば、
社員たちも大はしゃぎ。二次会にはすし屋へと向かった。

会社のつけで思いっきり大トロを頬張った。しかし、
残念ながら飲み過ぎた私の脳みそは、その事実だけが
残り、味のほうをすっかり忘れてしまったのだった。

余談ではあるが、幼いころ。
母に、赤ちゃんはどこからくるのか訊ねことがあった。
そのとき、母がお腹を出して見せてくれたものが
盲腸の手術痕。

私は小学校五年生まで、そのことをずっと信じていた。

by don-viajero | 2008-06-05 20:07 | エッセー | Comments(1)
2008年 06月 03日

衣替え

カレンダーが5月から6月に替わった。

ひと雨ひと雨、草木の緑が深くなってゆく。
植物も、虫たちも、子供たちもみんな輝いている。
こころなしか、衣替えをした学生たちも
ニコニコしているように見える。

しかし、この時期にはやっかいなものがある。
それは梅雨だ。
すでに昨日、この地域にも梅雨入り宣言が出された。

暗い鈍(にび)色の空を眺めるにつけ、気が滅入る。
そんななかにあっての晴れ間は、
たっぷりと水分を含んだ草木や葉っぱが活き活きしている。
その下で木漏れ日までもが踊っている。
この地球上の生き物にとって必須である水が
新たな活力を与えてくれる。

残念ながら、こんなすばらしい地球を
文明が痛めつけている。
そのつけがいたるところでしっぺ返しを
食らっている。

数々の知恵を生み出し、文明を発展させてきた人類だ。
きっと新たな衣替えをして、
青く輝く美しい地球を取り戻すことが出来るはずだ。
またそれを願ってやまない。

by don-viajero | 2008-06-03 19:59 | エッセー | Comments(3)
2008年 06月 02日

超短編小説 『審美眼』

定年後、本格的に絵を習おうと絵画教室に通い始めた。
そこで三人の親しい仲間ができた。

A氏はモディリアーニが好きで、
いつか逢った細君は細身のスラっとした方だった。

B氏の家に寄ったときには、彼の好きなルノワールが描くような
ぽっちゃりした可愛らしい奥様が出迎えてくれた。

C氏は今度、我々を自宅に招待してくれるそうだ。
彼の好みはピカソ。いまからワクワクしている。

「え?私のカミさんですか?
 私はモディリアーニもルノワールもピカソも好きですよ。
 だから、いまだに独り身なんですヨ!」

by don-viajero | 2008-06-02 19:40 | 超短編小説 | Comments(0)