陽気なイエスタデイ

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2009年 01月 29日

洋書

若いころ旅したイラン・テヘランでの出来事。
その当時、アメリカナイズされたパーレビ王朝華やかかりし時代。

夕食をとろうと一人街をぶらついていた。
突然、背後からゴツイ、髭もじゃの大男に声をかけられた。
「May I help you ?」
「Could you recommend a nice and
 not too expensive restaurant near here ?」
「O.K. Let's go !」
私はその厳(いか)ついイラン男の背を追い、
ヒョコヒョコとついて行った。
しばらくして、大通りから薄暗い路地へと入って行った。
振り向きざま、ニコっと笑みを浮かべ、
「You are pretty boy !」
-オッ!おかまだぁ~~~!やばい!!!-
踵を返すや否や全速力でホテルへ逃げ帰った。

帰国後、好んで読んだのがジャン・ジュネ。
フランス人で泥棒。しかも男娼だった男が書いた本だ。
そして、そのジャン・ジュネを評したサルトルの「聖ジュネ」も‥‥。

先日、ジョン・アップダイクが鬼籍に入った。
氏のヒット作「ウサギ」シリーズは読んだことはないが、
映画になった「イーストウィックの魔女たち」を含め四冊。

そのころは、どういうわけか洋書をよく読んだ。
アガサ・クリスティー、ジェフリー・アーチャー、サンテグ・ジュペリ、
(星の王子さまだけじゃないですよ!)1960年代テレビで異彩を
放ったシリーズ、ロッド・サーリングの「ミステリーゾーン」、
とりわけサリンジャーの「ナインストーリーズ」は秀逸短編だ。

最近読んだ洋書と言えば映画「戦場のメリークリスマス」の元になった、
L・ヴァン・デル・ポストの「影の獄にて」だけだ。
それ以前のものは、はるか昔に遡ってしまう。
もっとも、忘れたころ「星の王子さま」だけはときどき寝物語で読む。
キツネさんが言った、
「心で見なくちゃ、物事はよく見えないってことさ!
 肝心なことは、目には見えないんだよ!」最高だね!このセリフ!

久しぶりに本屋さんに足を運んで、洋書棚を覗いてみよう!

by don-viajero | 2009-01-29 20:26 | | Comments(2)
2009年 01月 24日

超短編小説 『図書室』

生徒たちの教室とは遠く離れ、渡り廊下の向こう。
いつも濁った池の真ん中で、だらしなく枝を垂らした
大きな柳の木の横に、その図書室はあった。
当時、勉強するためにそこを訪れる生徒などいなかった。
もっぱら読書好きの生徒たちが貸し出し本を
探すためだけだった。

中学一年の私は、その場所でときどき目にする一年先輩の
小早川さんに淡い恋心を抱いていた。
何故名前を知っているかというと、
ある日、彼が返却した本の裏にある貸し出しカードを見たからだ。

それ以来、彼の名が書き込まれている本を片っ端から読み漁った。
「2年3組・小早川篤」
名前を発見するたびに胸がドキドキした。
手にとった一冊目に彼の名を見つけると、
心の中で快哉(かいさい)を叫ぶ。
すっかり、密かな楽しいゲームになっていた。
特に、彼が借りたすぐ後に自分の名前を書くときには、
ある種の快感をも伴った。

恥ずかしがりやの私は、図書室でよく見かける彼に
声をかけることもできないまま、二年生になった。
しかし、ひと月過ぎても、三年生になった彼の姿を見ることはなかった。
しばらくして、春休み中に病死したことを知った。

6月の雨がジトジト降り続くある日の放課後。
図書室にいたのは司書の先生以外、私だけだった。
そんなとき、新しく書棚に並んだ一冊の本を見つけた。
-あっ!この本、小早川先輩が読みたい本かも‥‥。-
あらかた彼が読んだ本を読み終えてきた私は、
彼の嗜好がはっきり判るようになっていた。
その新刊本の新しく貼られた袋のなかからカードを引き抜いた。
真新しいカードの一番上には、
「6月1日・3年3組・小早川篤」とだけ記されていた。

-そんな‥ばかな‥!誰かのいたずらなんだわ!-
そう思いながらその本を抱え、薄暗くなった渡り廊下を
歩いているとき、何気なく池のほうに目を移した。
だらしなく無数の枝を垂れ下げている柳の木の下に、
背を向けて図書室を眺めている制服姿の男の子が立っていた。

by don-viajero | 2009-01-24 09:06 | 超短編小説 | Comments(0)
2009年 01月 19日

人気者?

小学校六年間、中学校三年間、クラス替えというものは
なかった。唯一中学三年のとき、数学と英語の授業で、
習熟度別クラスに分かれただけだ。

小学校でも中学校でも、担任に同じことを言われた
ことがあった。それは、風邪かなんかで学校を休んだ
翌日のことだ。
「お前がいないと静かなもんだよ!
 教室全体がシーンとして活気が無くなるんだよなぁ!」
おしゃべりな上に活発な生徒だったのだ。

中学校は四地区それぞれの小学校が一つに集まって
7クラス。三年間ずっと4組。
一年のときは1,2,3,4組が一年棟の二階。5,6,7組が
一階。二年棟では1,2,3組が一階。4,5,6,7組が二階。
そして、三年のときは一年棟と同じパターン。

休み時間ともなれば、同じ階のクラスにしょっちゅう顔を
出した。ただ、2組だけは小学校のときの親しい友達が
いなかったので、あまり行かなかった。だから、同学年の
ほとんどを知っている。逆に騒がしい私の存在もみんなに
知れ渡っていた。

以前、登場した中学の担任。あだ名がホースことK先生。
10年ぐらい前に知ったことだが、あの先生、故・熊井啓の
兄貴だということだ。

そのホースがホームルームのとき、こんな質問をした。
「もし、生まれ変わるとしたらクラスのなかの
誰になりたいか?もちろん、男子は男子。女子は女子。」
一種の人気投票。今思えば、中学生相手にくだらないことを
聞いたものだと思っている。
無記名で記入した。結果、男子では断トツに私が票を集めた。
かく言う私は別の人の名を書いたのだが‥‥。

はたして今、同じクラスの友を集めて尋ねたとき、
同じ結果が出るだろうか?‥‥出るはずがないよなぁ!

by don-viajero | 2009-01-19 20:10 | エッセー | Comments(0)
2009年 01月 15日

寡黙は美徳か?

「Silence is golden.」‥‥「沈黙は金なり。」
私にはまったく縁のない格言である。
そう、私はとってもおしゃべりなのだ!若いころは
「放送局」とまで誹(そし)られたこともあった。

「このことは他言無用だ!」と釘を刺されない限り、
誰かれなく腹蔵なしに話してしまう。大いなる
欠点であるとも自覚している。しかし、寡黙が美徳で
あるとも思っていない。必要以上な寡黙は「愚」であると
確信している。たまにそんな人間と時間を共有しても
息が詰まってしまう。そもそもそういう人種とは会話が
成り立たないのだ。

結婚する前、山小屋のアルバイトで知り合った
大阪生まれの女史が、私の町でペンションを開いた。
ちょくちょくそのペンションに顔を出してはおしゃべりを
していた。この町で生まれ、育った私は町のことは
何でも知っていた。
♪ボクたち 大阪のこどもやでぇ
 街中のことなら なんでも知っとるでぇ♪
そんな感じだ。
そこでオーナーにこんなことを言われた。
「M君って〇〇町の梨本さんだネ!」
それから一時「〇〇町の梨本さん」ってあだ名が
付けられてしまった。

ところが、子供たちが小学校へ行くようになると、
地域の情報はカミさんのほうが豊富になってくる。
私の知らないことまで知っている。さすがPTAの
力である。それとともに私に付けられたあのあだ名は
どこかへ消えてしまった。

名付け親の女史は今、マレーシア・ペナン島で
幸せな日々を送っている。
この2月、その女史に久しぶりに会いに行く。
きっと彼女は「ペナンの梨本さん」になって
いることであろう。

by don-viajero | 2009-01-15 20:05 | エッセー | Comments(2)
2009年 01月 11日

超短編小説 『運命』

その日、オレは上司にこっぴどく叱られ、
すっかり気を落とし、ぼんやりと横断歩道を渡っていた。
突然、左折してきたダンプに気づいた。
-あぁ!轢かれるぅ!!!-
そう思った瞬間、後ろから駆けつけてきた男?に突き飛ばされた。
「バッカやろうぉ!なにをボケーっと歩いてんだぁ!!!」
急ブレーキをかけた運ちゃんにどやされ、
起き上がったときにはあの男?の姿はなかった。
-確かに男だったような‥‥?-

それからしばらくして友人たちと海水浴へ行った。
泳ぎの得意なオレは、みんなと離れ、少しばかり沖で
泳いでいたとき、足が痙攣しておぼれた。
-ブクッ ブクッ ブクブクブク‥‥-
もがき苦しみながら沈んでゆく。
海中から一人の男が浮かび上がってくるのが見えた。
誰かがオレを助けてくれた。
薄れてゆく意識のなかで、その男の顔をはっきり見た。
波打ち際に打ち上げられ、意識が回復したときには、
心配した友人たちに囲まれていたが、すでにあの男の姿はなかった。

そしてまたしても事件は起きた。
会社の同僚らと仕事の打ち上げで居酒屋で飲んでいたときだ。
「火事だぁ!火事だぁ!!!」
その声に気づいたときには、辺りはすでに真っ黒な煙と
燃え盛る火の海で、同僚たちを確認できないなか、
消防士ではなく、またしてもあの男が助けにきた。

人でごった返す通りに出て、消防車の放水と燃え上がる
雑居ビルを眺めながら、無言で立ち去ろうとしている男に
オレは尋ねた。
「どうして、私の危機に現れて助けてくれるんですか?」
男は振り向きもせず小声で言い放った。
「困るんですよねぇ‥‥!
 貴方は飛行機事故で亡くなることになっているんですから‥‥。」

by don-viajero | 2009-01-11 09:01 | 超短編小説 | Comments(2)
2009年 01月 05日

せっかち

広辞苑を引くと
『せっかち』‥急(せ)き勝ちの変化。と出ている。
急いで勝ちを収めたいということだろうか?
ただ、この『せっかち』と『短気』とは微妙に違うとは思うのだが‥。

なにをするにも幼いころから『せっかち』だった。
早く終わらせてしまいたい衝動にいつも駆られていた。
授業中でも、先生の質問にイの一番に手を挙げて答えてしまう。
しかし、当然の如く熟慮しない答えは、間々間違える。
テストでもそそくさと終わらせ、ろくに見直しもしないから
つまらないところで減点を食らってしまう。

時間においてもこの『せっかち』さは通じる。
待ち合わせ場所には、よほどのアクシデントがない限り、
最低でも10分前以内には到着して待っている。
相手を待たすなんてことはまずない。
これは小学校の担任に教えられた言葉が効いている。
「一人の人間を10分待たすことは、その人の時間を
 10分奪うことだ。ましてやそれが複数の者たちだったら、
 その複数倍になる。」
そんなような話だった。

海外(とりわけ私が訪れた国では‥)へ行くと、
この『時間』のルーズさは顕著だ。
彼らの生活リズムでは『時間』はたっぷりあるのだ。
スペイン語圏の人々がよく口にする言葉、
「Hast mañana.(アスタ・マニャーナ)」‥「じゃ、また明日。」
そう、今日が駄目なら明日があるさ!だ。
因みに「あした」が「アスタ」ではなく「マニャーナ」のほうである。
さすがに、この歳になると若かったころとは違い、
イライラはなくなり、彼らのペースにさっと入り込めるようになってきた。

それは『剣の舞』やYMOの『ライディーン』の音楽から、
突然『新世界・第2楽章』や『白鳥の湖』に変わるようなもので、
不思議と『せっかち』さが消え失せているのだ。

旅は「Que sera sera(ケ・セラ・セラ)」ってことかな?

by don-viajero | 2009-01-05 20:33 | エッセー | Comments(2)