陽気なイエスタデイ

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2009年 07月 30日

生徒会

たびたび登場する、竹馬の友・〇〇ちゃん。
前回は『春の宵』(5月1日)でした。

中学二年のとき、学年末も近づいたころ、
一、二年生の投票による、
次期生徒会長選出選挙があった。
クラスは違ったが、〇〇ちゃんが立候補した。
もちろん、私はそんなのになりたいなんて、
更々なかったので、快く応援を買って出た。
講堂の壇上に上がって応援演説もした。
ただし、一つだけ条件を出した。

「応援は任しとけ!俺のクラスのほとんどは確保するよ!
 対抗馬のクラスは仕方ないが、
 他のクラスでは俺は有名だからな!
 俺が〇〇ちゃんを会長にさせてやるよ!」
休み時間ともなれば、あっちのクラス、
こっちのクラスにと顔を出していた私は、
そう大言壮語を吐いた。
「おぉ!頼むよ!」
「その代わり、条件がある。
 もし、〇〇ちゃんが会長になっても、
 俺を生徒会の役員に入れるなよ!」
「解かった!フンボはそういうの嫌いだもんな!」

私の働き?もあって〇〇ちゃんは見事に当選した。
ところが数日たって、彼に呼び出された。
「すまん!役員会で応援団長に推挙されたんだ‥‥。
 俺は反対したんだが‥‥。他のみんなが‥‥。」
いかにもすまなそうな顔で、ボソボソと打ち明けた。
「それは‥‥、ほとんど決まったことなのか?」
「あぁ‥‥。」

前年度、従兄(いとこ)がやったばかりだった。
よりにもよって『応援団長』とは、それこそ-Oh My God!-
まぁ、解からんでもなかったのだが‥‥。

それ以来である。
私の地声が大きくなってしまったのは‥‥。

by don-viajero | 2009-07-30 20:03 | エッセー | Comments(0)
2009年 07月 26日

高周波音

最近、この高周波を利用して、夜中
屯(たむろ)する若者退治に効果を
あげているらしい。

なかにはこの作用を逆手にとり、
授業中の着信音にしている高校生が
いるのには呆れてしまう。

この音のことをモスキート音と言うらしい。
加齢するごとに聞こえなくなってくる高周波域。

ここ数年、よく蚊に刺されるようになった。
「ブ~ン」という羽音がすれば、
キョロキョロあたりを見回して、
憎々しいそいつを見つけ出して叩き潰す。
以前はそうすることができたのだが‥‥。

ところが、近頃の蚊たちは進化しているらしい。
なにせ、羽音がしなくなった。
気がついたときには刺されてしまっている。
彼らだって生きてゆくのに必死なのだ。
そういった進化の過程が現れても、
なんら不思議に思っていなかった。

この高周波音のニュースを耳にして、
-ピカッ-と頭のなかの電球が光った。
それは蚊が進化したのではなく、
なんのことはない、私の耳が退化したことを‥‥。

by don-viajero | 2009-07-26 05:20 | エッセー | Comments(0)
2009年 07月 22日

超短編小説 『野球少年』

「こんにちは!」
元気な声が響き、玄関を開けると、野球帽を被った、
この辺りでは見かけない少年が立っていた。

「お父さんが、これをおじさんちに持っていってくれって!」
「なにかな?」
宛先も差出人も書かれていない封書を渡された。
「それじゃぁ、僕、ちゃんと渡したヨ!帰るネ!」
「チョット‥、待って!君のお父さんって‥?」
少年はあっという間に走り去ってしまった。
その後ろ姿に見覚えが‥‥。

真っ白な封書を開けてみた。
それは遥か昔、少年野球に没頭していたころの
私が書いた『僕の夢』という題の作文だった。
-大きくなったら長島さんや王さんのような
 野球選手になる!‥‥-

高校時代、甲子園を目指してやっていた野球。
三年の春、練習試合で致命的な怪我をしてしまい、
悔しい思いのまま、スタンドから喉を嗄(か)らして
応援したチームメイトの活躍。地区の決勝戦で敗れ去った。

しばらくして、再び玄関のチャイムが鳴った。
「ごめんください‥‥。」
頭のなかが混乱したまま、戸を開けると、
白髪に長く伸びた白髭の老人が所在無く立っていた。
「どちらさまですか?」
「あ、そうそう、貴方に一言言いたくて‥‥。」
「なにをですか‥‥?」
「迷いを捨てなさい!それだけです!」
そう言い残し、踵を返し帰って行った。

私は決心した。この数週間悩み続けていた、
少年野球の監督を引き受けることを‥‥。

by don-viajero | 2009-07-22 20:04 | 超短編小説 | Comments(0)
2009年 07月 18日

日本百名山

「海の日」があって「山の日」がないのは何故だろう?

それはさて置き、昨今、有名な山に登る人が
あまりにも多くなってしまっているらしい。

我々が山に夢中になっていたころは、
御嶽山のような山岳信仰の山は例外ではあるが、
今のような中高年はあまり見かけなかった。
最盛期の夏山は若者で賑わっていた。
滝谷みたいな岩場でさえ、ときおり順番待ちを食らった。

古来、日本では擬人法で山を表現してきた。
「山笑う」は春になれば、木々が“ウフフ”と芽吹く季語だ。
豊富な残雪の雪稜登攀での休息時、春の陽光を浴びて、
滴り落ちる水滴に口を差し出して、“チュッチュッ”と
むしゃぶりつく。我々はそれを「乳汁」と名付けていた。
充分喉の渇きを潤せば、自然に“ウフフ”と笑みが零れる。
秋は燃えるような赤や黄色に「山粧(よそお)う」。
そして、冬「山眠る」。
荒れ狂う天候には悩まされるが、誰もつけていない
自分たちだけのトレースに、ときおり振り向きながら、
静寂で、真っ白な世界を踏みしめてゆくのは、
如何ともしがたく、痛快だ。

今回、大量遭難を招いた大雪山系はアイヌ語で
「カムイミンタラ」と呼ばれ、その意味は「神々の遊ぶ庭」。
たとえ神々と共に楽しむ山行であれ、如何なる状況下においても、
山の神々の忠告に耳を澄ませて聞かねばならない。

周知の如く、深田久弥氏の「日本百名山」が、
今日(こんにち)の中高年登山に火をつけたのは明らかだ。
それにともない、お金と時間に余裕のある人々が、
全国中に散らばった百名山目指して登り始めた。
しかも、己の体力を省みずにだ。この本の後記に
「日本人ほど山を崇(たっと)び
 山に親しんだ国民は世界に類がない」とある。

尊ぶ心が荒(すさ)んできたのだろうか?
ゴミ捨てや高山植物の盗掘を嘆く声も多くなっている。

夏、山は「泣いている」らしい。

by don-viajero | 2009-07-18 21:50 | | Comments(0)
2009年 07月 15日

フォークダンス

この辺りの高校でも、夏休みを挟んで週末ごとに
各校の学園祭が催される。
私たちの時代、自分たちの高校ばかりでなく、
あちこち渡り歩いてのフォークダンスが
楽しみの一つだった。

輪になった男女が次々に入れ替わって踊るダンス。
『オクラホマミキサー』。
これが一番参加者が多く、輪は二重にも三重にもなる。
お目当ての女の子と手を繋ぐことができる
絶好のチャンスなのだ。
そうは言っても、その子との“触れ合い”が近づけば、
ドックン、ドックンと心臓は高鳴り、手の平にはジワリと
汗が滲み出してくる。
あと何人かで巡ってくるのに、途中で曲が終わってしまい、
悔しくて、悔しくて、切ない想いもした。
誰かが騒ぐ。
「もう一回やろう!アンコール!アンコール!!」
次第に呼応する声が大きくなる。心のなかで快哉を叫ぶ。

『マイムマイム』。
♪マイム マイム マイム マイム マイム ベッサンソ♪
掘り当てた井戸の周りで輪になって踊る、イスラエル民謡。
-水よ 水よ 喜ばしいことだ!-

そんなことを夢みながら、そして何の恥じらいもなく、
元気よく大声を出して歌い、踊った『ジェンカ』。
♪ Let's Kiss 頬寄せて Let's Kiss 目を閉じて
 Let's KIss 小鳥のように 唇を重ねよう

 Let's Kiss 照れないで Let's Kiss つつましく
 Let's Kiss 初めて触れる 君の唇

 ラ~ラ ラ~ラ ラララ 初めてキスをする
 ラ~ラ ラ~ラ ラララ 踊ろよこれがジェンカ

 Let's Kiss 若者よ Let's Kiss 恋人よ
 Let's Kiss 愛するしるしだ 口づけに乾杯!♪

梅雨も明け、青空の広がるなかを自在に形を変え、流れゆく雲。
流転のなかで、一瞬、一瞬白く光っている。
希望に満ち、常に白く輝きながら、変化を怖れない雲。
そんな雲たちのなかに、遠い、遠い昔、
すぐそこまで来ていた青春の夏、
期待に胸を膨らませていた、純な高校生たちがいた‥‥。

by don-viajero | 2009-07-15 20:45 | エッセー | Comments(0)
2009年 07月 12日

プラトニックラブ

『プラトニックラブ』
こんな言葉、いまは死語になってしまったのだろうか?
最近、とんと耳にしなくなった。

小田急線上り電車に乗っていた。
乗降口に背をもたれ、文庫本を開いていた。
夕方ともなれば、各駅停車の電車はガラガラだ。
そんな空席の目立つときでも、あえて坐らなかった。

ある駅に停まったとき、二つ向こうの乗降口から
聞き覚えのある声がした。
高校時代付き合っていた彼女(ひと)だった。
女性二人、男性二人のグループ。
向こうでも私の存在に気付いた。
私はさっと読みかけのページに目を落とした。
文章の脈絡もなにもあったものではない。
文字だけを追っているだけで、
虚空を見上げているも同然だった。
疎らな人影をはるかに圧倒している鉛のような空気に、
車両全体が押しつぶされそうになり、
次の駅で逃げるように降りた。

高校は違ったのだが、同じ電車に乗り合わせれば、
降車した駅から自転車を押す彼女と彼女の家まで、
他愛のない話をしながら歩いた。
学校でのこと、友だちのこと、山のこと、進路のこと‥‥。
手も握ったこともなかった。
それでも週一回か二回、そうしたことに充実していた。
高三の冬、クリスマスプレゼント交換を最後に、別れた。

私にも、そんな『恋』をした時代があったことが、
すっかり褪せてしまったセピア色の記憶の中から、
ふっと甦った‥‥。

by don-viajero | 2009-07-12 08:16 | エッセー | Comments(2)
2009年 07月 10日

韓国・後日談

翌年の正月、いまでも毎年新年会をやっている仲間に、
あまりにも良い印象の残った韓国の話をした。

「なぁ!みんなでソウルへ行かないか?
 南大門市場の飯屋街には旨そうなものが
 いっぱいあるんだ!
 一人じゃぁ、注文したって高が知れてる。
 何人かで行けば、それだけいろいろな物を
 食べることができるじゃないか!
 手配は俺に任せろ!
 安いフライトチケットやホテルを探すから‥‥。
 よし!本場カルビーは俺が奢る!」

酒の勢いも手伝って、ソウル行きの話しは
トントン拍子に決まった。
お互い都合の良い日を見つけて一緒に行こう、ということになり、
その一ヵ月後、二泊三日総勢8名で出かけた。

もちろん、私はあの雑貨屋のおばあちゃんと崔教授に
渡す土産物を携えて‥‥。

おばあちゃんは私のことを覚えていてくれたのだが、
生憎、崔教授には直接逢うことはできなかったものの、
事務所の人に連絡してもらい、電話で話すことができた。

個人や家族以外で、しかも仲間と行った初めての海外旅行は、
私の『陽気なイエスタデイ』のなかでも、
とりわけ印象深いものになったことは言うまでもない。
 

by don-viajero | 2009-07-10 20:27 | ◆旅/全般◆ | Comments(0)
2009年 07月 08日

韓国

ウズベキスタンへは、初めて名古屋国際空港を
利用したのだが、帰国便がフライトスケジュールの関係で、
ソウルに一泊しなけらばならない羽目になった。
それまで、一度も訪れたいと思っていなかった国、韓国だ。

アシアナ航空タシケント発ソウル行きは12:30金浦空港着。
乗り継ぎ便で成田へ向かう東大生、古川さんと別れ、
私は空港バスで市内へと向かった。
大河、漢江にさしかかるころ、前方にはオリンピックを経て、
高度成長を遂げたソウルの高層ビル群やランドマークタワー、
ソウルタワーがくっきりと浮かび上がる。
車は広い通りを疾走し、クラクッションの音が絶え間なく
響いてくる。忙しげに歩く人々の足取りもエネルギッシュだ。
ソウル中心街までは一時間弱。
料金はたったの1000ウォン=80円。

ロッテホテルを横目で眺めながら、繁華街、明洞(ミョンドン)にある
安ホテルを探す。
若者たちで溢れかえる雑踏のなかを、露店の売り子たちの声が
飛び交い、混沌としたなかにあって、こちらまで元気に
なってくるような熱気がムンムン伝わってくる。
何軒目かにあたったサボイホテルにその日の宿を決める。
一休みして、知人に土産物として頼まれていた「ポッサムキムチ」を
求めに「一億兆(イロクジュ)」という店をガイドブック片手に
探しに出かけた。

小奇麗な通りに並び立つ瀟洒なビル群を過ぎ、
猥雑な界隈にあるその店には30分ほどで辿り着いた。
しかし、どこを見渡しても地図上に載っている、それらしき
看板も店も見当たらない。
近くの小さな雑貨屋で拙(つたな)い韓国語で尋ねてみると、
その店のおばあちゃんがたどたどしい日本語で応対してくれた。
そして、店の引越し先を知っているという隣のビルの事務所に
連れて行ってくれた。
彼女に案内され「国際文化開発研究所」と書かれた看板のドアを
叩くと、大柄でいかにも温厚そうな紳士が現れた。
しかも、彼に流暢な日本語で接しられ、こちらの方が
戸惑ってしまった。この人(崔さん)は西京大学の教授で東京大学に
留学の経験ありだと。
崔さんに案内され、来た道を少しばかり戻った場所にその店は
あった。わざわざ買いに来たことを告げると、店のおばちゃんも
たいそう喜んでくれた。
いままで抱いていた韓国のイメージが、一瞬に払拭された
想いである。崔教授に慇懃(いんぎん)にお礼を述べ、別れた。

夜は焼肉をホテル近くの店へ食べに出かける。
一人前では少ないと思い、二人前を頼む。
ウマイ!これが実にウマイ!!
ハサミで骨付きカルビーを切ってもらい、サラダ菜に包んで食す。
やはり、本場もんは違う!しかもお供はギンギンに冷えたビール!

翌朝は、8時発の空港へ無料で送ってくれるホテルのワゴン車に
間に合うよう、前日目星をつけておいた南大門市場の飯屋街へ。
何を注文したらいいのか、おいしいそうなものがズラリとあり、
迷ってしまう。久しぶりの白飯とチゲを注文。
テーブルの前には、おかずとしていろいろな種類のキムチが
小皿に並べられる。これもなかなかおいしい。それにしても量が
半端じゃない。しめて3000ウォン=240円は安い!

ウズベキスタン記の最後にはこう記してあった。
「もう一度来よう!近くて、優しくて、美味しいものが食べられる
 この国、韓国へ!」

by don-viajero | 2009-07-08 21:42 | ◆旅/全般◆ | Comments(0)
2009年 07月 05日

東京大学

ウズベキスタン・サマルカンド発タシケント行きの
長距離バス(6H/約400円)は、出発間際には
ほぼ満員になっていた。停車するたびに大きな荷を抱えて
乗り込んでくる人々で、首都タシケントに着くころには、
身動きできないぐらい混んでいた。
バスは終点・タシケント国際空港に到着。
いつものように最後尾に坐っていた私は最後に降りた。

下車してウロウロしている乗客のなかから、
一人の若い娘(こ)に声をかけられた。
瞬きをするたびに、風でも起こしそうな大きな目をした
チャーミングな女の子だった。
「日本人のかたですか?」
「そうですが‥‥。」久しぶりに交わした日本語だった。
そういえば、サマルカンドのレギスタン広場でチラッと
見かけた人だった。一人で歩いていた。
-ひょっとして、日本人かな?-そのときには、そう思った。

「ホテルはどこですか?」
「サヨハットホテルです。」
「それなら私と同じです。」
「じゃぁ、白タクでも捕まえて一緒に行こうか?」
「私、地下鉄の乗り方知っていますから地下鉄で行きましょう!」
タシケント市内の観光をバスか地下鉄かで迷っていた私には、
その乗り方を経験することは願ってもないことであった。
(一乗車・10/Cスム=約7円。どこで降りても同一料金)

車内ではいろいろなことを訊ねてみた。
「何故、女の子一人だけでのウズベキスタンなの?」
「この国に一緒に来てくれるような友だちがいなかったから‥。」
「学生さんかい?」
「卒業旅行で、外務省に内定しているの!」
彼女の大学がどこなのかは推して知るべしだったのだが、
「どこの大学?」愚問だった。返ってきたのは案の定、東京大学。
-現役東大生!しかもチャーミングな女子大生!!-
少しばかり奇妙な興奮を覚えたことを記憶している。
ホテルで休息をとったあと、近くのレストランで
夕食を共にした。そこで、帰国便が同じであることも分かった。

搭乗口近くにあるたった二つの小さな免税店は、
田舎の駄菓子屋のような粗末なガラスのショーケースに
申し訳程度の品物があるだけで、その狭い空間には、
場違いな壊れかけた、明らかに安物の椅子が並んでいる。
ソウルへ電器製品の買出しにでも行くだろう
厳(いか)つい男どもで埋まっている。
そんな椅子にもたれかけながらウトウトしていたときだ。
「Mさぁ~~~~ん!」
驚いて、周りのみんなが振り向くような大声は、
狭い待合室の汚れてくすんだ壁に響き渡った。

もう二度とあんな大きな声で自分の名を、
しかも、現役東大女学生から呼ばれることはないだろう‥‥。

by don-viajero | 2009-07-05 07:41 | ◆旅/全般◆ | Comments(2)
2009年 07月 01日

絶叫

宙(そら)に舞った!
ホゥェ~~~~~~~~~~~~!
ヨダレまで垂らしそうだ!
ウォ~~~~~~~~~~~~~!
明らかに顔がグチャグチャに笑っている!
ガァ~~~~~!グゥェ~~~~~!

今回は滑落ではない。ましてや岩場でもない。
先日、孫を含めた家族で富士急ハイランドに行ってきた。
『絶叫マシン』に乗ったのは、一体いつ以来だろうか?

十数年前に友人家族と行ったサマーランドかな?
それは『フリーフォール』。
引力まかせに地上40mから最大重力加速度5.1Gで
垂直落下する代物だ。

ある友人は、
「なんでお金を払ってまで怖いものに乗りたいの?」
そう!私はそうしてまでも乗りたい人種なのだ。

ところが、なんと『絶叫マシン』には年齢制限があることが
解かった!もっとも乗車の際、身長制限のように
分かるものはなく、免許証等の証明書提示などないが、
それは持病でもない限り、大人としての自己責任の範疇であろう。

規則として54歳以下の『ドドンパ』『えぇじゃないか』は、
2時間待ちが続いていたのでパス。
この二つ以外の『絶叫マシン』はすべて制覇した。
ピカイチは『フジヤマ』。
最高到達点・79m
最高速度・130km/h
全長・2,045m
所要時間・3分36秒
年齢制限・59歳
まさに『キング・オブ・コースター』に恥じない
『絶叫マシン』である。これには2回も乗った。

最後にチャレンジしたのが『トンデミーナ』(59歳以下)
再び、宙(そら)に舞った!
ウヮァ~~~~~!ウギャァ~~~~~!

by don-viajero | 2009-07-01 20:11 | エッセー | Comments(0)