陽気なイエスタデイ

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2009年 08月 30日

政権選択

麻生首相がなにを喚こうが、今回の選挙は
紛れもなく『政権選択選挙』だ。

周知のように、各マスコミ報道では
「民主圧勝、自公激減」の文字が躍っている。
しかし、こればかりは蓋を開けてみなければ
正直、分からない。

みんながみんな、民主が良しとして投票する
わけではないだろう。
BestでなくともBetterを選ぶ。
一つ一つをとれば民主にも?は付き纏う。
ただ、もし(といってもほとんど可能だと思っているが‥)
政権交代になれば、長きに亘って国政を担ってきた
自民党に住みついてしまった宿痾(しゅくあ)
の如き『政官財』の癒着はなくなることだろう。

仮に民主が政権を取っても、いい加減なことだったなら、
来年の参議院選挙で再び『ねじれ』が生じることとなる。

今回のようなネガティブキャンペーンに明け暮れる
自民ではなく、一度下野をもって官僚に頼らず、
自分たちで勉強することで、政権党と切磋琢磨を
繰り広げ、それぞれの党が選挙という審査を
受ければよい。

この、今日のような興奮を目の当たりにすることが
できることは、幸せかもしれない。
それは、投票率が上がるということも一因であろう。
若い者たちが一票を行使するという行為に
目覚めたとすれば、その意味をしっかり胸に
刻み込んでゆくことだろう。

大げさに言えば
「新たな日本の夜明け」かもしれない‥‥。

by don-viajero | 2009-08-30 09:08 | エッセー | Comments(2)
2009年 08月 27日

クラス会

以前紹介(07年8月19日)した小学校の同級会。
ここは、あえてクラス会とした。

最近、四年続けて出席している。
昨年は幹事を任された。

我々の時代、この地域の小学校では一年から六年、
中学校では一年から三年までクラス替えというものが
なかった。それが当たり前だと思っていた。
ず~っと一緒であることの功罪はあっただろうけど‥‥。
今では、何年かおきに替えるらしいが、
こうして、毎年「クラス会」が開けるということは、
同じクラスのまま、入学から卒業までの六年間、
連綿とした歴史を語り合える機会だと思っている。

では、何故、私が最近、クラス会に出るようになったかは、
これも以前載せた(夢・07年6月20日)、
家族の成長を楽しみに、人生これからというとき、
突然その存在を消してしまった、近所で幼いころから大半を
過ごしてきた竹馬の友を、まさに、お盆と言う時季に共有した
仲間との話題に乗せたいからだ。

今年も春先、アイツの夢を見た。
なんとアイツの死後、数年して鬼籍に入った親父さんまで
ゲスト?出演してくれた。

アイツが音頭を執って始めてくれたクラス会。
これからも出来得る限り、出席しようと思っている。
そして、その場で私の記憶に残っているアイツの
話題を多いに語ろう!
きっと、泉下のアイツも喜んで加わってくれることだろう‥‥。

我々のクラスは、今生きている者たちだけのものではなく、
そこで、一緒に息した者たちの遠いイエスタデイなんだから‥‥。

最後に余興で川柳を一つ。
「人妻と お酒が飲める クラス会」

by don-viajero | 2009-08-27 21:00 | エッセー | Comments(0)
2009年 08月 23日

過ぎゆく夏

週一回のランニングを続けていると、
それぞれの季節の移ろいを、敏感に五感で
受け入れるようになった。
車で通ってしまえば過ぎ去ってしまう感覚だ。

太陽を真っ向から見据えていたヒマワリは、
その重くなった首を垂れ、すぐ横には萩の花。
すでに白みかかったススキの穂も見受けられる。
空を見上げれば、ハケで掃いたような秋の雲さえ
漂っている。

日中、出遅れたセミたちは一生懸命声を張り上げ、
陽が沈み、爽やかな風が頬を撫で始めると、
どこからか聞こえてくる虫たちの羽音。
夏と秋が混在している。

花鳥風月の変化に対し、その機微を感じるように
なったのは、それだけ歳を重ねてきたからだろうか?
若いころ、賑やかな音楽に傾けていた耳は、
いつのまにか、八代亜紀が歌うような演歌が、
す~っと入ってくるようになってしまっている。

コメント欄にも書いたが、「遠い」という冠が付くのは、
四季のなかでは夏だけであろう。
同じように「過ぎゆく」とか「去りゆく」は、
やはり夏だけの特権である。
どこかに、何かを、置き忘れてしまった寂しさが残る
季節かもしれない。

我が家の庭でも、咲き遅れた紫陽花の一株だけが、
薄紫色の花を咲かせている‥‥。

f0140209_19573347.jpg

               (秋の気配)

by don-viajero | 2009-08-23 19:59 | エッセー | Comments(0)
2009年 08月 20日

超短編小説 『少年』

まったりとした真夏の昼下がり。
心地よい風が微睡(まどろみ)へと誘い込んだ‥‥。

突然、私の前に現れた少年は、
あまりにも不躾な態度ではあったが、
その物怖じしない仕草に、私はすっかり、
気圧(けお)されてしまった。

「おじさん!ボク、おじさんのこと
 何だって知っているよ!」
「そうなの‥?で、君はどこの子なの???」
「そんなこと、どうだっていいじゃん!」
まるで、道ばたにでも落ちているような物言いだった。
「君は、私の何を知っているのかね?」
眉宇(びう)を曇らせて少年に訊ねた。
「じゃぁ、言ってやろうか‥‥。
 ボクの考えも言うから、黙って聞いていてね!」

あろうことか、その少年は私の琴線に触れる
ことまでも、滔々と語りだした。
ちょうど、そのころいろいろなことで、
懊悩(おうのう)する日々を送っていた。
「どうして、君はそんなことを知っているのかな?」
「だって‥。ボクはおじさんなんだもん!」
「君が‥、私‥???」
「そうさ!ボクはおじさんの夢のなかでは、
 成長しないおじさんなんだよ!」
「つまり‥。君は‥わ・た・し・ってことか!
 これからも時々現れて、話をしようじゃないか!」
「あぁ、いつだっていいよ!
 でもね、きっとおじさんの前に出るときは、
 おじさんが悩んでいるとき‥か‥な‥?」
立ち去ろうとしていた少年の顔がこちらを向いた。
「わかった!じゃぁ、またね!
 ありがとう、さようなら‥!」
少年の笑顔がパッと弾けた‥‥そんな気がした。

そのとき、ひゅるっと風が鳴き、私の頬を殴った‥‥。

by don-viajero | 2009-08-20 19:52 | | Comments(0)
2009年 08月 17日

遠い夏

我が家は、今でもエアコンがない。
木立に囲まれ、両側にはコンクリートに
固められた川になってしまってはいるが、
冷たい清流が音を立てて流れている。
日中、充分に照らされた場所から帰ってくると、
そこだけがヒンヤリとした空間に満たされる。

最近でこそ、エアコン装備の車に乗っているが、
子どもたちを連れて海に行っていたころはなかった。
窓を全開し、数時間かけてのドライブだった。
暑かったけど、それが当たり前で、汗をかけば
心地よかった。青い空、ギラギラ輝く太陽。
親も子も、目の前に飛び込んでくるだろう茫洋とした
海を前に、ワクワクした時間が過ぎていった。

自身の夏休みを思い返しても、
近所のガキどもとつるんで今日はここ、
明日はあそこと遊び呆けていた。
川の水と戯れていた。そこには親なんていない。
モクモクと湧き上がる入道雲が“帰れ”の合図。
夕立のこないうちにそれぞれの家に大急ぎで帰る。
今年は、そんな積乱雲さえも見ていない。
休み明けは、日焼けの黒さを競い合ったものだ。
冷えていなくとも、スイカが美味しかったのは、
そういう夏だったから‥‥。

待ちかねたセミたちも地中から挙(こぞ)って這い出て、
気忙(きぜわ)しく一斉に啼きだしてきた。
送り盆も過ぎ、ススキの穂も開き、
朝夕はすっかり秋風も立ってきたというのに、
ここ数日の天気は、どこかに置き忘れてしまった
夏を連れて来たみたいだ。

それにしても、変てこな今年の夏だ‥‥。

by don-viajero | 2009-08-17 20:15 | エッセー | Comments(2)
2009年 08月 14日

ハカマイラー

文字で表すと「墓参らer」。
すでに鬼籍に入った小森のおばちゃまが、
毎年ジェームス・ディーンのハカマイラーとして、
渡米していたことは有名な話だ。

最近、若い人たちに、ミーハーな芸能人ばかりではなく、
歴史上の人物の墓参りが流行っているらしい。
人呼んで「ハカマイラー」。

数年前、高野山を訪れる機会に恵まれた。
陽射しを遮るほどに成長した大木のなかに点在する
苔生した墓所には、仏敵の親鸞上人や法然上人。
比叡山ばかりでなく、高野山までも焼き尽くそうとした
織田信長や明智光秀、豊臣秀吉、徳川家康、伊達政宗、
前田利家、上杉謙信、武田信玄etc‥‥。

口の悪い同行の仲間は、
「家康の墓は秀吉が建立してやったんじゃない?」
-然もありなん!-
と思えるほど無茶苦茶にこれでもか、これでもかと
武将たちの墓が現れる。

丑三つ時ともなれば、夜な夜な兵(つわもの)どもが
合戦を繰り広げているのではないか?
そんな思いを駆り立てる。
-バカな!骨も入っていない墓ばかりじゃないか!-
釈然としない思いでそれらを眺めてきた。
上島コーヒーやキリンといった企業の供養塔。
果ては花菱アチャコ、大河内傳次郎もあった。

お盆を迎え、久しぶりに週間天気予報欄に
晴れマークが並んだ。

一昨日、晴れ渡った空を見上げれば、
まるで牧場(まきば)のようにヒツジたちが群がっていた。
夏の安曇野を見下ろしているヒツジたちの顔が、
戦国武将ばかりでなく、私の周りで拘わった人たちで
いっぱいだった‥‥。

by don-viajero | 2009-08-14 08:37 | エッセー | Comments(0)
2009年 08月 10日

『珍説・桃太郎』

昔、昔、あるところにたいそう金持ちの家庭で、
何不自由なく育った桃太郎という者がいた。

一方、そのころ鬼ヶ島に拠点を構え、
青鬼のユキオ、赤鬼のイチロウを首領として、
金持ちから金品を盗り上げては、
下々の貧しい者たちに、その金品をばら撒くという
義賊団が勢力を伸ばしていた。

桃太郎は供を連れ、逆に彼らの金品を
奪い取ろうとさもしい企みを抱いていた。

決戦を控えた朝、鬼ヶ島を対岸に見据え、
話し下手の桃太郎は幇間の猿・ノブテル、
キャンキャン騒がしい犬のヒロユキ、
ケ~ンケ~ンとご主人様のオウンゴールを空から
見張っていたキジのタケオを前にして、
檄文を読み始めた。

「我が可愛い僕たち!金持ちというものは
 あくまでも踏襲(ふしゅう)しなければならない!
 近頃、頻繁(はんざつ)にその金持ちから
 盗みを働く輩がいる。
 これは、未曾有(みぞうゆう)の事件であり、
 適切な措置(しょち)をしなければ、
 世界が破綻(はじょう)してしまい、
 実体経済(じつぶつけいざい)がおかしくなる!
 すでに彼らの行為で世の中は低迷(ていまい)しておる。
 詳細(ようさい)は昨晩、説明した通りだ!
 彼らを打ち破ることは焦眉(しゅうび)の急である。
 この戦い、順風満帆(じゅんぽうまんぽ)で
 完遂(かんつい) しようではないか!
 皆の者!怪我(かいが)をせず、傷跡(しょうせき)を
 残さぬよう、しっかり働いてくれたまえ!!!
 エイ! エイ! オー!!!」

供の者たちは、いつしかどこかへ消え去ってしまい、
一人空しく、桃太郎のしゃがれた声だけが
波間に響いていた‥‥。
 

by don-viajero | 2009-08-10 12:35 | 超短編小説 | Comments(2)
2009年 08月 09日

『派遣教師』

私は派遣教師。

今日は忙しい一日になりそうだ。
出張授業であちこち回らなければならない。
たくさんの資料を抱え、
朝食抜きで、慌てて出かけた。

始めに訪問したのは「メダカの学校」。
川のなかをそっと覗いてみたら、
メダカさんたちはみんなでお遊戯していた。
持ってきたお遊戯帳は必要なくなったみたいだ。

次に訪れたのは「スズメの学校」。
先に来ていた先生がムチを振り振り、チイパッパ。
生徒のスズメは輪になってお口をそろえて、チイパッパ。
これだけ厳しく教えていれば私の出番はない。
音楽帳もいらなくなった。

最後に行ったのが「げんこつやま」。
持ってきた資料も少なくなり、
お腹も満たしてきたので、楽チンで登れた。

子だぬきさんたちに、おっぱいを飲ませてあげたら、
寝てしまい、起きたら、抱っこしておんぶして
また明日!メェ~!!!

by don-viajero | 2009-08-09 09:18 | 超短編小説 | Comments(0)
2009年 08月 07日

先日、我が家の庭で初めてセミの脱皮に遭遇した。
7年も土のなかにいて、よくぞ忘れないで
出てきてくれたもんだと感心する。
プレスリーの“Welcome to My World”ではないが、
そう叫びたくなる。

夏、上の子が中学生になるまで
毎年、友人家族とともに石川県・千里浜の海へ
キャンプに出かけた。
我々のものはまるで難民キャンプよろしく、
前近代的なもので、広げたブルーシートに
コンパネで造った折りたたみテーブル。
そこに全員集合、座り込んでの食事。
大人も子どもも夏をエンジョイしていた。
ただ、山にだけは連れて行ったことがなかった。
ある意味、私なりに山に対する「畏怖」があったのかもしれない。
それはともかく、みんな海ひこ、山ひこになる夏である。

「生れたよ ぼく」
-‥‥(前略)
 いつか ぼくがここから 出て行くときのために
 いまから遺言する
 山は いつまでも高く そびえていてほしい
 海は いつまでも深く たたえていてほしい
 空は いつまでも青く 澄んでいてほしい
 そして 人はここにやってきた日のことを
 忘れないでいてほしい-

谷川俊太郎、77歳のときに詠んだ詩だ。
ネイティブアメリカンには、
「地球は子どもたちからの借り物」という格言がある。
私たち大人は、希望に満ちた未来を子どもたちに
返すことができるのだろうか‥‥。

by don-viajero | 2009-08-07 20:38 | エッセー | Comments(0)
2009年 08月 03日

長雨

今年、関東甲信地方に梅雨明け宣言が
出されたのは7月15日だった。

さすがに、その日だけは清々しい青空だったが、
それ以来、八代亜紀の歌でもあるまいし、
毎日が雨、雨、雨‥‥。
しとしと雨もあれば、三日前の夕刻時
"cats and dogs"だけでは足りず、
トラもライオンもカバも象までもが降ってきそうな、
そんなすごいどしゃ降りもあった。

たとえ晴れたにしても、ほんの数時間、
雲間から僅かにお日様が顔を出すだけだった。
身体や心のなかにまで、すっかりカビが蔓延り、
なにもかもが湿気に捕われてしまうような
日々が続いていた。

ところが今日の晴天はどうだろう?
たっぷりと水分を補充したものたち、
すべてが輝いている。
すべてが生きている。

目に染みる強烈な緑や太陽の眩しさ。
漂う白い雲たちの輝き。
山々の神々しいまでの深い緑。
周りを見渡しただけで、思わず笑みが零れる。
山から吹き降ろす爽やかな風が、
安曇野に広がる穂の出始めた田圃の海に
心地よいさざなみを立てさせている。

すべての生きしものたちを潤わす水。
すべての生きしものたちを喜ばす光。

やはり、夏は豪放磊落なまでに照り続ける光が似合う。
あらためて、地球に感謝、太陽に感謝である。

by don-viajero | 2009-08-03 20:35 | エッセー | Comments(0)