陽気なイエスタデイ

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2010年 02月 27日

同じ顔

不思議な体験をした。

ポルトガル・コインブラのバスターミナルで、
エヴォラ行きのバスを待っていたときだ。

私の前を行ったり来たりする、中国系の40歳前後と
思われる、小柄なおばさんがいた。そのたびに私の顔を
チラ、チラと覗き込むようにして、あっちへ行ったり、
こっちへ来たり、忙しなく歩き廻っている。

バスが到着して乗り込もうとしたとき、後ろから軽く
肩を叩かれた。
「Excuse me.」
振り返ると、あのおばさんだった。
「Have you met me somewhere ?」
-会ったことなんか、あるはずないじゃんか!-
「No, I have not met you !」

世界には同じ顔を持つ者が三人いるという。
私と同じような顔をした人間が、彼女の知人の一人に
いるのかもしれない。
もし、見間違えるほどの顔だったら、日本人の場合、
欧米人ではなく、同じ黄色人種か、あるいは、蒙古班の
残るインディアン、インディヘナ、インディオであろう。

座席指定の一番前に坐った私を、あとから乗り込んできた
彼女は、再びしげしげと覗き、小さな笑みを浮かべ、
何か、口ごもりながら中ほどの座席に坐った。

途中で降車しようとした彼女が、もう一度振り向いて、
私を見た。
車窓からその姿を追うと、こちらを惜しむような眼差しで、
しかも、手を振って見送る彼女に、妙な親近感を覚えた。
そのとき、ふと思った。

-そういえば、あの人、下の孫娘が大きくなったら、
 あんな顔になるのかなぁ‥‥。
 どことなく、面影があるような‥‥?-

by don-viajero | 2010-02-27 20:28 | エッセー | Comments(0)
2010年 02月 24日

活字

ここに居て、ここに暮らしていればこそ思わぬこと。

毎朝、きちんと届く朝刊を食事前、ゆっくり読む。
それは、日常何気ない行動でもある。

かつて、若いころ旅をしたとき、今のように、インターネットで、
しかも、母国語で情報を得るなんて事は、容易ではなかった。
同じように旅する日本人が泊まる宿での情報交換だけ。
それでも、一週間以上、日本語を聞くことも、話すことも
ないなんて、ザラだった。日本人と見るや、喜んで近寄り
話しかけた。そう、あのころ、アジア人で旅をしているなんて、
日本人しかいなかった。たまに、それらしき人物が通ると、
「Are you a Japanese?」
「No, I'm a Singaporean.」なんて返された事もあった。

日本語の書かれた書物は、深井聰男著「アジアを歩く」の
文庫本を少しばかり大きくしたサイズで、たかだか225頁の
薄っぺらなガイドブックだけ。
日本語に飢えたときには、独り言で誤魔化していた。
しかし、活字だけはどうしようもない。とにかく、
毎日のように活字に飢えていた。

日本語新聞を見るには、在外公館まで足を運ばなければ
ならなかった。住所不定の旅人にとって、唯一、新鮮な
慣れ親しんだ日本語の手紙を受け取るには、それらの機関、
着付けで送ってもらうしかなかった。

今は、あのときのような長い旅ではないので、一冊か、二冊、
文庫本をお供にする。ちょっとした休息時、暑ければ、木陰の
ベンチで、寒ければ、陽だまりのベンチに腰を下ろし、開く。

周りから聞こえくる異国語はいつの間にか失せ、すべての文字が
自分に向く。言葉がすべて語りかけてくる。
日本語に溢れる場所に居たのでは味わえない、それらの意味が、
脳みそを駆け巡り、言葉の持つ深さがビンビン伝わってくる。

by don-viajero | 2010-02-24 20:01 | | Comments(2)
2010年 02月 21日

超短編小説 『日本語』

時は2040年‥‥。

「あんたさァ~!知ってるゥ~?」
「なにがァ~?」
「今度さァ~、変な日本語使ってるとさァ~、
 罰金、取られるんだってェ~!
 アタイらの日本語ってさァ~、
 変じゃねェ~よなァ~。
 そんな法律ってさァ~、超ムカつくじゃ~ん!」
「そう、そう!マジ、ウザイよなァ~!」
「っていうかさァ~、マジ、ヤバかねェ~?」

中年に差し掛かってきた、派手目の二人の婦人は、
若いころのような、キャンキャンとした大声ではなく、
辺りに悟られるぬよう、小声で会話をしていた。

はっと気付くと、二人の背後に若い女の子。
「おば様たち!
 わたくしが正しい日本語を教えて差し上げますわ!」
やおら襟を正した片方の婦人、
「じゃァ~、なにかい?アタイらの日本語は
 正しくないのかい?」
「そうですとも!そんなぞんざいな物言いを
 いつまでも使っておられれば、そのうち、
 罰金刑が下りますことよ!」
もう一人の婦人、大声を張り上げ、
「なんて、ムカつく言い方!あったまきちゃうゥ!」

若い子は胸からそっと手帳を出し、
「はい!それでは刑法第〇〇〇条。日本語乱用罪で、
 罰金一万円のキップを切らせてもらいます!」

by don-viajero | 2010-02-21 19:32 | 超短編小説 | Comments(0)
2010年 02月 19日

乱れ

国母君は、回顧の念?哀惜の念?はたまた恐怖の念?を
抱いての帰国になるのだろうか?

私が「腰パン」なるものを目の当たりにしたのは、つい最近だ。
ポルトガルからの帰宅時、乗り合わせた大糸線の車内だった。
足の長い高校生の、そのだらしなさに唖然としたものだ。

息子夫婦がやってきた夕食時、嫁さんとの会話。
「あらやだ、お義父さん!私の弟(中学生)もそうなんですよ!
 まったく、だらしないなんてありゃしない!」
「そうだよな‥。あのカッコ、今、流行ってるの?」
「そうみたいですよ!」

テレビのコメンテイターまでが、まるで若者に媚を売るように、
彼を擁護する者がいる。
はたして、「公」の場で、幼い子がお漏らしをしてしまった
ようなズボンの履き方をして良いものか?しかも、そこには、
彼を指導する立場の人間がいたというのにである。
中高生で流行っている、あれが個性というなら、学生時代、
冬になっても裸足で下駄履き、チャンチャンコか半纏で
通学していた私のほうが、よっぽど個性的であったろう。

先日、ラジオで若い女の子が、アフリカでのボランティア
活動の話しをしていた。内容はとてもりっぱで、感心する
ものであったが、彼女の語尾が気になった。
「‥‥でぇ。‥‥からぁ。‥‥ですぅ。‥‥etc。」
友だちと話してるような調子だ。日本語の乱れも著しい。

近頃「耳障りがいい」なんてのが平気で使われている。
そのうち「目障りがいい」なんてのが出てくるかもしれない。
ここで表す、障り=さわりは、手触り、肌触りのさわりとは違う。
もっとも言葉が時代とともに変化することも承知してはいる。
「鳥肌が立つ」⇒寒さや、恐ろしさ、あるいは不快感のため
生じる現象。これなんか、興奮したときにも発せられるように
なってしまった。

星霜(せいそう)が流れ、思いもよらぬカッコや、言葉の意味が、
認知される日が訪れることになるのだろうか‥‥。

by don-viajero | 2010-02-19 20:09 | エッセー | Comments(0)
2010年 02月 16日

少年

世の中の仕組みも、大人たちの慣習や常識も知らず、
「生」や「性」に対する執着心もなかった。

真っ暗になるまで、あちこち遊び呆けていた。
そんな仲間たち、誰もが老人になることなど、夢寐(むび)
にも思わなかった時代。
明日の次には、また明日が訪れ、「明日がずっと明るい日」
として続いてゆくものだと信じて疑わなかった。
子どもたちには、無限に広がる宇宙のような未来があった。

それぞれの分かれ道で迷い、誤った人生を送ってしまった
輩もいるだろうし、すでに鬼籍に入ってしまった者もいる。
同時代を過ごした、幼い仲間たちの顔が、セピア色に
浮かんでは消える。

中年も末期を迎えつつある今、人生で一番多感だった、
少年期から若年へと向かい、繰り広げられた成長の想いが、
ときおり、滾々(こんこん)と噴出す泉水のように湧いてくる。

実際、今現在、自身のなかに少年も、若年も、中年も入っている。
いくらトレーニングを重ね、肉体を鍛え、その結果、体力年齢が
『42歳』を表示しようが、体の衰えは感じる。確実に、所々の
パーツが崩れかけている。特に、物覚えを司る脳みその欠落が酷い。
固有名詞がなかなか出てこないのだ。様々な場所を旅して、
新たな地名をインプットされるからまだしも、アルツハイマーや
若年性認知症には、まだ程遠いとは思っているのだが‥‥。
そうやって、近い将来、私のなかにも老年が忍び寄ってくる。

それでも、今もなお、ガキの要素が一番強く残っているのも
確かだ。半世紀以上働き続け(そんなに働かなかったかな?)、
くたびれかけた脳みそのなかで、時代認識が年齢や時間軸を
超えて、ゆるりと、しかも明晰(めいせき)に甦ってくる。

by don-viajero | 2010-02-16 20:04 | エッセー | Comments(0)
2010年 02月 13日

Mr. Lonely

-遠い地平線が消えて 深々(ふかぶか)とした
  夜の闇に心を休めるとき はるか雲海の上を‥‥-

ご存知、FM東京の「ジェット・ストリーム」。
故・城達也のナレーションだ。
スポンサーは当時、鶴のマークのJALだった。
海外旅行が夢だった時代、若者たちが海外に想いを
馳せるに貴重な番組だった。
ご多分に漏れず、私もその一人であり、しかもそのJALに
乗って外国へ行くのが夢だった。
そして、BGMで流れていたのが「Mr. Lonely」。

私のマイレージはアメリカン・エアーラインズのものだ。
JALが同じワンワールドのグループ。
昨年来、ニュースで賑わせていた、経営難に陥ったJALが
デルタのグループ・スカイチームに入るか、ワンワールドに
残るか。形勢はデルタが有利だった。
いまだかつて、JALに乗ったことのない私は、今回を逃せば、
せっかく貯めた無料航空券を使って、JALでヨーロッパへ
行けなくなる。そう思った。

夜の静寂(しじま)を飛行する翼は、ようやく、JALに
乗れたという、私の充実感を満たしてくれた。
当然のごとく、目を閉じれば、脳裏を過るようにして
甦るのは、あのナレーションとBGMだった。

リスボアのバスターミナル、セッテ・リオスからナザレへ
向かうバスのなか、レターメンのあの曲が流れてきた。
原曲のボビー・ヴィントンの甘ったるいテイストとは、
だいぶかけ離れたものだが、やはり、耳に慣れていたのは、
'70年代にヒットしたレターメンのものだ。

旅に出れば、この歌のように一人きり。まさに“Mr. Lonely”。
でも「I'm not a soldier.」。兵士として戦場にいるのではない。
毎日が、非日常の世界への扉を開ける、楽しい一人旅なのだ。

by don-viajero | 2010-02-13 20:19 | Portugal | Comments(0)
2010年 02月 11日

ポルトガル・Ⅹ 『Fado』

セトゥーバルを訪れた夜、そしてリスボア最後の夜。
それぞれ違う「Casa do Fado」(ファドハウス)へ行った。
やはり、この歳になって初めて生で聴いたファドは印象に
残る。その店のパンフレットの冒頭、英語表記では、
こう書かれていた。
-It isn't Folk, it isn't Blues, it isn't Soul‥‥-

夜の帳が下り、あちらこちらライトアップされ、賑わいを
増すリスボアの中心街から、少し離れた薄暗い路地にある、
その店に入ったのは8時をとうに過ぎていた。
店内の奥には、ギターラという複弦ポルトガルギターと
クラシックギターを物静かに調律する二人の男がいた。
ウェイターに招かれるまま、彼らを間近に観賞出来る席に
坐らされる。少しばかり奢ったメニューを注文。もちろん、
白のメイア・ガラファーも。しばらくして、店内の照明が
落とされ、メルセデス・ソーサばりに太ったおばちゃんが
入ってくる。その歌声は彼女を彷彿させる。一曲目は
アマリアの“tudo isto e fado”(これがファド)。
どこか物悲しく、また、ときには明るいファド独特の旋律は、
複弦のギターによる伴奏が大きく作用しているようだ。続いて
二人の男性歌手がそれぞれ登場。そして再びあの女性が歌う。
歌い手の彼女が揺れているのか、酔い始めた私が揺れているのか、
ファドは静かに胸の底に沈んでいった。第一ステージが終わる
ころには、ボトルは空っぽ。二本目のメイア・ガラファーは
赤を注文。第二ステージもやはり、アマリアの
-そこには 歌と 酒と 夢があった‥-で始まる
“Mariqinhasu/マリキーニャス”(愛しいマリアの追憶)。つま先を
軽くフロアーに叩き、ついつい手拍子が出る、軽快な曲だ。
彼女が歌い終えるやいなや、声をあげる。「ブラボー!」。
私に続いて他の客たちも拍手とともに「ブラボー!」の連呼。
すでに10時を回っていた。リスボアの夜は始まったばかりだ。
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千鳥足で帰り道を急ぐ。
大都会特有のキンとした冷え込んだ空気に身を縮め、擦れ違う
女性たちの、ほのかに香る甘い香水が気持ちよく鼻をくすぐり、
地下鉄へと続く地下道に吸い込まれていった。

もう一軒は、ホテルの近くにある、高級なファドハウス。
翌朝、早い時間にチェックアウトしなければならなかったからだ。
リスボア最後の夜ぐらいは、ちょっと贅沢しようと思い、
食事もメイア・ガラファーのワインも、いままでで一番
値の張るものを注文。歌い手もそれに見合う?若くてすばらしい
歌声を披露させてくれた。
彼女のほうは、若かりしころのグラシェラ・スサーナといった
ところだろうか?
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早朝5時。前夜の余韻を耳の奥に残して、日本への途に就いた。

by don-viajero | 2010-02-11 10:35 | Portugal | Comments(0)
2010年 02月 08日

ポルトガル・Ⅸ 『Cabo da Roca』

この日を待っていた天気。この日のために与えられた快晴。
この日のためにユーラシアの果て、ポルトガルまでやってきた。

数日前から、夕方になればネット・カフェ(30分/€1)で天気の
チェック。受付のお兄ちゃんやお姉ちゃんたちと、顔馴染みに
なってしまった。夜空には、膨らみ始めた半月が煌々と
照り続け、ここ数日間の快晴を予感させてくれるような
夜の冷え込みだ。
明日の周遊チケットを購入するため、ロシオ駅へと行く。
この周遊券は「Bilhete Train & Bus」(€12)という、
ロシオ駅とシントラ駅間、カイス・ド・ソドレ駅と
カスカイス駅間の列車、シントラの街の周遊バス、そして、
ロカ岬をぐるっと回るバス路線が、自由に乗り放題の1日パスだ。
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当日は予想通り、どっ快晴。ロシオ駅を出発した列車は
40分ほどでシントラ駅に到着。周遊バスでムーアの城跡へ行く。
歩き回ること一時間。再び、降りたバス停でペーナ宮殿行きの
バスに乗り込む。
イスラム、ゴシック、ルネッサンス、マヌエルの様式を
ゴチャゴチャに寄せ集めたような奇妙奇天烈な宮殿だ。
テラスからは、リスボア市内はもとより、遠く平原の彼方、
テージョ河口とその川が注ぎ込む大西洋が一望に展開される。
ところが、宮殿を離れるころから、怪しい雲が出始めてきた。
周遊バスで街まで下り、王宮を見学している間に、空は
白みかけた厚い雲に覆われてしまい、不安が過る。
それでも、自身の「晴れ男」を信じつつ、遅い昼食を済ませ、
地元客に混じる数人の観光客らとともに、ロカ岬経由カスカイス
行きのバスに乗る。
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≪ムーア城跡からペーナ宮殿を望む≫

ロカ岬に着くころには、あの不安を振り払うかのように、
天空は、雲ひとつない真っ青な色が支配していた。
大西洋を望む断崖の突先まで、走って行った私を
待ち受けていたのは、爽やかな風なんて甘いもんではなく、
頬を突き刺すような、吹き荒れる寒風だった。

そんな、大西洋からの風を受けながら、様々な想いに
浸っていたときだ。ざわざわと大勢の人の声が、背中に
ぶつけられた。振り向くと、到着したばかりの大型観光バスから
吐き出される、老若男女の日本人団体。ここは彼らにとっては、
ただの観光ポイントでしかないのかも‥‥。

-いったい、俺の‥俺の‥「男のロマン」を
 どうしてくれるんだぁ~~~!!!-
そそくさと、記念写真だけ撮り終えた彼らが去ったあと、
目前に広がる大西洋に向かって大声で吼えた。
しかし、大自然を前にして、そんな咽ぶようなちっちゃな声は、
寒風とともに、荒波に飲み込まれいってしまい、あとに
残ったものは満足感のなかに去来するモヤモヤだけだった‥‥。
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by don-viajero | 2010-02-08 20:34 | Portugal | Comments(2)
2010年 02月 06日

ポルトガル・Ⅷ 『セトゥーバル』

地下鉄で、私鉄のセトゥーバル行きの列車が停まる
セット・リオス駅へ行く。
車窓から左手にリスボアの街並み、右手には
「発見のモニュメント」があるベレン地区のパノラマが
広がる、テージョ川に架かる4月25日橋を渡り、南へ
一時間ほどの港町へと向かう。バスターミナルでアズレージョ
工房のあるヴィラ・フレスカ・デ・アゼイタオン行きの
時刻表を調べ、街を散策。シーズンならば、イワシを焼く
匂いと煙で賑わっているはずの市場付近も閑散たるものだ。

10時30分発のバスに乗り込む。40分ほどで静かな村の
停留所で降りる。幹線道路から一つ挟んだ道沿いにある、
今でも16世紀の手法でアズレージョを作っている、小さな工房
「サン・シマオン・アルテ」を訪れる。
ポルトガルを旅していると、教会、駅、レストランの店内、
民家の壁など、いたるところで色鮮やかなアズレージョを
目にする。この装飾タイルは15世紀にアラブから伝えられ、
16世紀には独自のアズレージョへと華麗に変身していった。
とある。

バス停で二つ離れている隣村・ヴィラ・ノゲイラ・デ・
アゼイタオンまで20分ほど歩いて移動。1834年創業の
老舗ワインメーカー「ジョゼ・マリア・ダ・フォンセッカ」へ。
「I'm glad if you can speak Japanese.」と冗談を飛ばし、
たった一人、可愛いお嬢さん英語ガイド付きでワインセラーを
見学。暗い酒蔵に並べられた、大きなオーク樽から漂う芳醇な
匂いだけですっかり気分良くなる。
最後には用意された、3種類のワインを試飲させてもらう。
赤と白の小瓶をそれぞれ一本づつ購入し、ついでに、
一緒に写真に納まってもらう。
「Adeus, Obrigado!」と彼女に挨拶して、アデガをあとにした。
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by don-viajero | 2010-02-06 18:10 | Portugal | Comments(2)
2010年 02月 05日

ポルトガル・Ⅶ 『リスボア』

ポルトガル語表記【Lisboa】、英語表記【Lisbon】。
そういえば、昔、阿刀田高の「リスボアを見た女」を
読んだことがあった。
ちなみに、ポルトガルでは「リジュボア」と発音する。

今まで、同じ街に一週間も滞在するなんてことはなかった。
もっとも、一日中リスボアにいたのは正味四日間だけで、
あとはここを起点として、あちこち出かけていた。
アデガ(ワインセラー)とアズレージョ(装飾タイル)の
工房見学に、南のセトゥーバルへ。伝統的な習慣と独特な
服装に興味をそそられる、北のナザレへ。
そして「この世のエデン」と称された、西のシントラの街
経由でロカ岬へ。

ポルトガルはどこの街でも坂が多い。それも半端じゃない。
上り下りだけで、しっかり足腰を鍛えてくれる。
案の定、帰国後計った両脚の皮下脂肪率は、出国前より
下がり、骨格筋率は上がっていた。

リスボアでは、四日間という日数を見込んでも、余りある
見所がたくさんある。
とりわけ、別名「7つの丘の街」と言われる、広くて丘の多い
市内を巡るには、乗り物に頼ってしまう。そこで活躍するのが
24時間有効の「セッテ・コリューナシュ」(€3.7)だ。
地下鉄(4路線)のほか、カリスという会社が運行するバス、
市電(5系統)、ケーブルカー(3路線)、サンタ・ジェスタの
エレベーターが乗り放題だ。

例えば、地下鉄の窓口で、同一ゾーン均一1回券(€0.8+
発券代€0.5)のプリペイドカードを購入する。
あとは、このカードを地下鉄の自動券売機でチャージすれば、
1回、1日、3日、7日の表示を選んでクリックすれば、
何度でも使うことができる。おかげで、地下鉄はすっかり
「蛍のケツ」になってしまった。バス路線はあまりにも
複雑なので利用しなかったが、地下鉄のほか、どこへ行くにも
坂だらけのこの街では、街中を走る市電や3ヶ所にある
ケーブルカーはおおいに役立った。
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      ≪市電≫
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     ≪ケーブルカー・グロリア線≫
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      ≪サンタ・ジェスタのエレベーター≫

by don-viajero | 2010-02-05 20:05 | Portugal | Comments(0)