陽気なイエスタデイ

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2010年 07月 30日

悪戯・山編Ⅱ

山岳同人『餓鬼』を結成してから数ヵ月後の7月末、
初めての新人S君が加入した。Y氏たちS大学の後輩で、
彼を迎えて新人合宿をやることになった。
参加したのは初期メンバーK氏を除いた我々三人とS君。

1日目:上高地BC→槍沢・赤沢岩小屋テンバ
2日目:赤沢岩小屋→小槍→横尾尾根→横尾右俣テンバ
3日目:横尾右俣テンバ→徳沢
4日目:徳沢→上高地BC
5日目:私とN氏で焼岳往復 Y氏とS君はBCで休養
6日目:BC→コブ尾根→BC
     打ち上げ(五千尺ロッジのY姉から差し入れあり)

一泊目のテンバには、我々の他に少し離れた場所に女の子
二人パーティーがテンパっていた。朝方、まだ暗いうちに
ガサコソ五月蠅い音に目を覚ます。テントの入口をそ~っと
開けてみると、隣りのテントを一頭の大きな熊がゴソゴソ
突っついているではないか!N氏が大声をあげ追い払う。
やはり、女の子の持ってくる食料と我々とでは、熊も簡単に
旨い物の判別ができるのだろうか‥‥。
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                 小槍

三日目の横尾右俣は、尾根を一つ隔てた涸沢に引けをとらぬ
ほど豊富な残雪があり、お花畑に囲まれたテンバにはたった
一張りのテント。夜空に瞬く満天の星が、我々だけに降り
注いでいるかのような別天地である。翌日、新人S君の
雪上訓練。朝から昼までみっちりこなす。1時下山。
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               横尾右俣
                 
明らかに疲れの見え始めたS君のため、徳沢にテントを張る。
夕食の準備も終え、
「S君!俺たち、飯前にちょっと川ざらいに行ってくるわ!」
「川ざらいって‥‥、な、なんですか???
 しかもこんなに暗くなってから‥‥。」
「そうだよ!暗くなったほうがいいんだよ!」
それから10分もしないうちにテントに戻ってきた我々、
「おい!川ざらいのお土産だぞ!」
そう言って、梓川の冷水に冷やされた缶ビール3本、缶ジュース
5本、果物etc‥‥。
キョトンとしているS君の前に突き出したのだった。

by don-viajero | 2010-07-30 20:37 | | Comments(0)
2010年 07月 28日

悪戯・山編Ⅰ

若いころは様々な悪戯をした。
特に山では、その行為が「犯罪」と言われても致し方ない
ことまでやった。
そこで、いまとなっては当然時効であろう山での想い出
深いものを二つ紹介しよう。

山岳同人『餓鬼』を結成して二回目の山行は
冬山と変わりない3月初旬~中旬の北鎌尾根。

一回目の山行で膝を痛めたN氏だけ日を空けて
横尾小屋サポートに回り、残りの三人で決行。
基本的に宿泊は雪洞と決めていたので、3人用の
ツェルトを持参しただけだった。

葛温泉でバスを降り、9時少し前歩き始め、降りしきる
雪の中、湯俣・晴嵐荘(冬季閉鎖)手前の第五発電所に
3時ごろ到着。貯水池横にある三坪ほどの小さな小屋の
窓が開いたので中へ入った。
床には小さな石油ストーブが置かれ、テーブルの真ん中には
で~んと封を開けられたばかりのウィスキーのダブル瓶。
棚には数種の缶詰。目を移せばロフトには布団まである。
誰も異議を唱える者はいなかった。

荷を解き、早速宴会だ。10時ごろにはウィスキーも空っぽ。
翌朝は三人とも二日酔いで頭がガンガン。
幸運にも外は雨交じりの雪。停滞を決め込む。
将棋もトランプも花札も漫画本まであり、退屈すること
なく過ごすことができた。

晴天の朝を迎え、居心地の良かった我々が「湯俣ホテル」と
名付けた小屋とも別れ、気持ちを新たに千天出会いから
派生する北鎌尾根に取り付いた。

1日目:葛→湯俣  2日目:停滞  3日目:湯俣→
千天出会い→北鎌尾根P2直下雪洞  4日目:P2→
北鎌のコル雪洞  5日目:北鎌のコル→独標→北鎌平雪洞
6日目:北鎌平→槍ヶ岳→横尾冬期小屋N氏と合流
7日目:横尾冬期小屋→上高地→沢渡

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               雪壁?
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                独標

by don-viajero | 2010-07-28 21:14 | | Comments(0)
2010年 07月 25日

早朝ラン

あと数時間も経たないうちに、うんざりするほど大地を
照り焦がすであろう太陽は、まだ雲間に隠れている。
いつの間にか出始めた稲穂の先をさらさらと静かな
風が揺らし、遠くでは朝の早い農家が刈り取った土手の
草を焼く白い煙が、柔らかな乳色に染めている。

お気に入りの林間コースでは、子供らが小さいころは
夏になれば、毎朝のように連れ出して私がやっていたように、
数組の父親と子供たちの親子がカブトムシ捕りに夢中だ。

手作りの大きな木箱のなかでは、捕まえてきた何十匹もの
イッポンズやクワガタがガサコソガサコソ蠢いていた。
そして、夏の終わりを惜しむように一斉に放してやる。

先週、いつものように10時少し前に走り出したのだが、
無謀にも灼熱のギラギラ輝く太陽を軽んじてしまい、
10㌔ほど走ったところで、頭がフラフラしてきてしまった。
明らかに熱中症の初期症状に陥ってしまったのだ。
昨年、この時間帯に走っても何ともなかったのに‥‥。
当然、ランニング後の腕立てや腹筋、ダンベル運動も中止。

以前、調子の良さを理由に20㌔ほど走り終えてから、
膝を痛めてしまい、騙すように走ったり歩いたりして
以来味わった、屈辱のリタイアだった。

この暑さがいつまで続くのか判らないが、当分は
気持ちのよい早朝ランニングに切り替えることにしよう。

by don-viajero | 2010-07-25 19:25 | Run | Comments(0)
2010年 07月 23日

猛暑

今日は一年で最も暑い時期とされる二十四節気の
大暑である。まさに、大暑、猛暑の日々が続く。

それにしても、昨今の天候は加減というものを
知らないようだ。梅雨末期の豪雨、そして梅雨が
明けたと思ったら、列島は勢力の強い太平洋高気圧に
覆われ、灼熱の太陽にさらされ、連日記録的な真夏日、
猛暑日に見舞われている。
日本ばかりでなく、ロシアや東ヨーロッパでも最高気温の
更新で多くの死者が出ている。一方南米では異常低温。
やはり、地球は病んでいるのだろうか‥‥?

人間や動物ばかりでなく、たっぷりと水を得て、猛々しく
輝いていた木々の葉も、日中はぐったりしている。
昼間、アスファルトに囲まれた家々の室外機からウーウー
唸りながら吐き出される熱風。街はため息の出るような
暑さで、体の奥までえぐられるようだ。

一日の仕事を終え、唐松、赤松、杉、ブナ、コナラ、
山桜や朴の大木に囲まれた我が家へ帰ってくると、
そこだけが、まるで別世界のようにす~っとする。

西に流れる川は、移り住んだばかりの森のなかを
清らかに流れていた石間のものから、三面コンクリートの
幅3m余りの無機質でみすぼらしい姿に変えられてしまったが、
脇に立つと、ふわっと小さな冷気のかけらが、そっと火照った
体を包んでくれ、ほっとする。
陽もとっぷりと暮れ、夕食時ともなれば、北向きの窓からは
水を張った田んぼを渡って涼しい風が優しく入ってくる。

我が家には、今もってクーラーというものはない。
このぐらいの暑さでは、まだまだ必要としないであろう。

by don-viajero | 2010-07-23 20:04 | エッセー | Comments(0)
2010年 07月 20日

想い出

想い出を語るとき、そこに描かれているものは、
辛うじて関連したものがアルバムに残されていれば
別ではあるが、ほとんどはセピア色のものでしかない。
白黒写真しかない遥かに昔のことであれば、とうに
色褪せてもいる。

ただ、いくつかの思いを浮かべるとき、一瞬ではあるが
鮮やかに色付けられるものもあることも確かだ。
それが楽しいものであれ、哀しいものであれ‥‥。

年々不具合の増していく、軸のゆがんだ荷車のような
脳みその奥に、そこだけ少しも老いることのない無防備で
柔らかな部分が残されていることに気付く。

「陽気なイエスタデイ」の記憶ばかりが甦ってくるわけ
ではない。相前後しての記憶も引き起こされる。
なかには、当然もどかしいような、息苦しいような、
ざらついたものもある。

「楽しい想い出」、「哀しい思い出」、「中間の想い出」。
そんな整理整頓していると思っている引き出しの
「楽しい想い出」ばかり開けてはいない。
「哀しい想い出」に分類されている引き出しを、ちょっと
引っ張り出しては覗き、引っ込めているだけだ。

大滝詠一の「君は天然色」のフレーズではないが、
総じて大部分の「想い出はモノクローム 色をつけてくれ!」
と叫びたくなる‥‥。


by don-viajero | 2010-07-20 21:02 | エッセー | Comments(0)
2010年 07月 18日

千里浜

夏だぁ~~~~!

山々に囲繞(いにょう)された盆地からは、遠いところから
近くまで辺り構わず入道雲がモコモコ湧き上がっている。
昨日、一斉に梅雨明け宣言された。
なるほど、週間天気予報はどのサイトも曇りがあるものの、
晴れマークがずらりと並んでいる。

「梅雨明け10日」と云う言葉がある。
梅雨明け後の10日間ほどは太平洋高気圧に覆われ、
天候が一番落ち着いている時期なのだ。
子供らが就学前には、よくこの時期に仲良し家族と毎年
千里浜の海でキャンプをした。途中からは盆休みを利用する
ようになったが、それは上の子が中学生になるまで続け、
一番多い年で四家族、総勢16名にもなったこともあった。

最初のころは高速も通じていなかったので、氷見経由で
一日がかりだった。場所は国民休暇村のテント場。浜は
休暇村のプライベートビーチ。遠浅でしかも海の水は澄み、
沖縄と比べても遜色ないものだった。

子供たちは一日中浜で遊び、よく食べよく寝た。
私はというとアサリ獲りに夢中になって、いまでもその名残が
背中いっぱいにある。
食事時はブルーシートを広げ、コンパネのテーブル。
さながら難民キャンプそのもののようだった。
周りでキャンプをしている人たちの装備は、年々豪華に
なっていったが、誰一人愚痴を零す者はいなかった。
夕方になれば、みんなで羽咋市内の銭湯へ繰り出し、
市内のスーパーで買出しを済ませる。
この数日間の一大行事がみんなの楽しみだった。

子供らには、楽しい想い出をたくさん作ってやった。
いつかまた、孫たちとキャンプをしながら、あの海へ
行きたいと思っている。次は私が子供らに想い出を
作ってもらう番かもしれない‥‥。

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   正面を向いた写真もありますが「児童ポルノ」に
   当たるかもしれませんので‥‥(笑)

by don-viajero | 2010-07-18 11:02 | エッセー | Comments(2)
2010年 07月 15日

冒険者たち

ポルトガルがかつて世界を席捲していた
大航海時代の冒険者たち。

今、彼らは何を見つめているのだろうか‥‥?

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           【発見のモニュメント】  

ポルトガルでの一番のお気に入り写真だ。

ロカ岬からローカルバスでカスカイス駅へ。
カスカイス駅から急行列車に飛び乗り、リスボアの
カイス・ド・ソドレ駅までの車窓から、大西洋に沈もうとしていた
夕日をずっと追っていた。終着ソドレ駅に到着し、慌てて
各駅停車で「発見のモニュメント」があるベレン駅へ舞い戻って
撮ったものだ。

下はその数日前、昼間訪れたものである。
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by don-viajero | 2010-07-15 19:34 | Portugal | Comments(2)
2010年 07月 14日

献血・その後

「献血」を書いてから8日後、意外と早くに
平成19年10月1日以来、45回目の献血をしてきた。

たまたま覗いた日赤のHPで、胃腸薬を飲んでいても
献血可能と記されていたので、一応松本の献血ルームに
電話で問い合わせてみたところ、抗生薬でなければ
大丈夫だと言うことだった。

一年以内にでも献血していれば、しなくともよい心電図の
検査までしてくれた。看護師から手渡されたそれを
呆れるように見入っている検診医。
「なんとも見事に綺麗な心電図ですね!
 しかも、各パーツもまったく問題なし!
 心電図の見本みたいなもんですよ!」

今回の検査項目から心筋や肝臓に多く含まれる酵素で、
心筋梗塞や急性肝炎、アルコール性肝障害などで上昇する
「AST」が外れ、新たに糖尿病の検査の一つである
「グリコアルブミン」が載っていた。

後日送られてくる「検査成績のお知らせ」には、直近の
5回分が表示してあるからどの項目の値が増え、どの項目が
減ったかが比べられる。今回も15項目すべて標準値から
はずれているものはなかった。
これは日赤の「複数回献血クラブ」にログインしても判る。

以前、と言ってもかなり前になるのだが、肝、胆道、膵、
腎などに多く含まれる酵素で、その値が上昇すると
肝塞性黄疸、肝炎、アルコール性肝障害を引き起こす
「γ-GTP」が異常に高かった。
そのとき以来、晩酌(当時は瓶ビール一本)後に必ず
呑んでいた寝酒のウィスキーロック割りを止めた。

体は驚くほど素直だ。
次の献血ではすっかり正常値に戻っていた。

by don-viajero | 2010-07-14 19:57 | エッセー | Comments(0)
2010年 07月 11日

ノンポリ

世の中が毎日のように機動隊と学生運動の衝突を
報道していた1969年・7月20日、アポロ11号が
月面に到達した映像を、当時高校一年生だった私は
家の白黒テレビで観ていた。

ベトナムを蹂躙(じゅうりん)し続けてきた超大国アメリカが、
国家の威信をかけて成功させた月面着陸。
アームストロング船長が着陸船から姿を現し、ゆっくりと
タラップを降りた彼の足が、月面を踏みしめた瞬間、
この映像を観ていた世界中の人々のどよめきが
聞こえてくるようだった。

ヘルメットを被りタオルで顔を覆い、ジュラルミンの盾めがけ
投石を繰り返し、警棒と催涙弾に逃げ惑う若者たち。
チャンチャンバラバラさながらいがみ合っていた機動隊
ばかりでなく、中核も革マルも民青も、そしてそんな団塊の
世代の大学生に愛想をつかし、「ノンポリ」なんて言葉の
意味も、彼らを突き動かす情熱も何も考えず、どこか醒めて
いた私たち、どいつもこいつも観入っていたことだろう。

カラーではないので灰色でしか映らない月の荒野に、
用意周到とも思える星条旗がはためいている。
-月にも風が吹いているんだ!-
「That's one small step for a man,
 one giant leap for mankind.」
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、
人類にとっては偉大な飛躍である。」
アームストロング船長の有名な言葉だ。

「ノンポリ」‥‥nonpoliticalの略。政治に無関心な学生。
いまでは、ほとんど死語になってしまった。
その代わりに言われるようなったのが「無党派層」。
歳を重ねるようになり、政治に深く関心を持つようになった。
一人の小さな一票が大きな流れを作ることもある。

ところで、みなさんは投票を済ませましたか?

by don-viajero | 2010-07-11 12:43 | エッセー | Comments(0)
2010年 07月 08日

鬼の霍乱(かくらん)

つけっぱなしのラジオからブブゼラの騒がしい音が目を
覚まさせてくれる。日本中も、世界中も賑わせたWカップも
決勝戦の一試合を残すのみとなった。

モノトーンの世界が徐々に明度を増し、白みかけてゆく。
ここ何日も続いていた梅雨時の水分を多く含んだものとは違い、
久しぶりに涼しくカラッとした気持ちのいい空気だった。
そんな爽やかな外気を思いっきり吸い込もうとした途端、
むせ返す気味の悪い咳。

予感はあった‥‥。夏風邪をひいてしまったのだ。
この前の風邪はいつだったのか思い出せないくらいだ。
まさに『鬼の霍乱』である。

日曜日、仲間で作っている田んぼの草取りだった。
汗をかいたまま、来年度のれんげ米のこともあり、
宴会で労働後のおいしい酒を呑んだ。千鳥足で家へ帰り、
シャワーを浴びパンツ一丁で、扇風機をかけたまま
寝てしまった。二時間後、起きたときには少しばかり悪寒が走った。

案の定、その昔しっかり風邪ウィルスの仕組みを覚えていた
律儀な脳みそは、どうでもいい記憶まで引っ張り出してきてしまった。
月曜は朝から鼻水がグシュグシュ、ダラダラ‥‥。
ティッシュでかんでも次から次へと垂れてきてしまう。
微熱がありそうだったが、無理して仕事へ行ったのが輪をかけて
重症にしてしまった。食の進まない昼食後、体はブルブル、
歯はガタガタ震え出す始末だ。
早々に切り上げ、アツアツの玉子酒を呷(あお)りベッドに
潜り込んだ。

ようやく鼻水も治まったと思ったら、昨日からは咳が出てきた。
それも、今日一日で大分楽になってきた。

どうやら、くたびれてはいても律儀な脳みそは、風邪を治す
仕組みも忘れてはいなかったようだ‥‥。

by don-viajero | 2010-07-08 19:36 | エッセー | Comments(2)