陽気なイエスタデイ

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2010年 11月 30日

乳色の朝

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薄暗い朝を迎え、カーテンを開けると、
田んぼにはどっしりと霜が舞い降りていたのに、
辺りは乳色に覆われた白いモノトーンの
世界が広がっていた‥‥。

その細かな水滴の集まりは、
時間とともに明るさを増してゆくのだが、
まるで、迷い込んでしまいそうな、
濃密な白に支配されてゆく‥‥。

こんな朝は、いつもの熱いコーヒーではなく、
ホットミルクでも飲みたくなってくる‥‥。

by don-viajero | 2010-11-30 20:00 | エッセー | Comments(0)
2010年 11月 28日

生まれ変わったら‥

以前書いた『人気者?』の続編。

中学の担任、あだ名は『ホース』。
馬面の国語教諭。彼の弟がかの有名な映画監督、
故・熊井啓氏であることはすでに紹介済みだ。

ホームルームの時間、こんな質問を投げかけてきた。
「今度、生れ変わったら、クラスの誰になりたい?」

私はすかさず配られた用紙にその名を書いた‥‥。
健康的な浅黒い肌の持ち主で、足が速くて、背が高い
S君。勉強のほうはちょっと‥‥だったが、他人の
悪口なんか絶対に言わず、誰とでも仲良く接し、
スカっとさわやかコカ・コーラみたいな奴だった‥‥。

以前、友人の奥さんに言われたことがあった。
「Mさんって、ひまわりみたいな人だネ!」
「どうして?」
「明るくて、いつも太陽に向かってキラキラ輝き、
 なにか、周りのみんなをパっとさせるように、
 にこやかな話しをするんだもん!」

小学校から高校にかけて、カッコ良くて爽やかで、
悩みの欠片(かけら)なんか、これっぽっちも
持ち合わせていないような奴は何人かいた。
でも、人は世の中に紛れていくうちに、多かれ少なかれ、
悩みや心配事を抱えるようになる。
病的にならずとも、躁鬱の繰り返しだ。

人間「たら・れば」なんてことは有り得ないからには、
いま「i・n・g」(アイ・エヌ・ジー)のなかで、いつも
「ひまわり」のように、真っ直ぐ輝くお陽さんを見据え、
「スカっとさわやかコカ・コーラ」みたいな生き方を
していきたいものだ‥‥。

by don-viajero | 2010-11-28 18:33 | エッセー | Comments(0)
2010年 11月 25日

金の草鞋

「年上の女房は『金の草鞋』を履いてでも探せ!」
ちなみに『金』はキンと読む人が多いが、カネと読む。

(注):これ以降は18歳未満の方は読まないで下さい(笑)

高校一年のとき、学校主催のスキー講習会に参加した。
少数であったが、三年生も大学受験を終えた先輩や、
就職が決まった先輩も一緒だった。
一年生から三年生までそれぞれのグループに分かれ、
各民宿が割り与えられた。

なんと、我々のグループはミス県陵の三年生F嬢の
グループと同宿だったのだ。
食後の一番風呂は彼女たち。その後の二番風呂が
我々になっていた。
同じ宿になっただjけでも大はしゃぎだったのに、
まだ〇〇〇の毛も生え揃っていない我々は、浴槽に
浮いた毛を見つけては大騒ぎだった。
「これ、ひょっとしてミスの毛???」
「バァ~カ!それ、髪の毛じゃねぇ~か!
 そんななげぇ●●●の毛なんか
 あるわけねぇだろうぉ!」
「じゃぁ、これなんか違うかなぁ???」
「お前、自分のあそこの毛をムシッたな!」
浴室のなかは、ワーワーギャーギャー浮かれた
バカどもの声が響く。

‘年上の女房’とは一歳上のことを指すらしいが、
私のカミさんは、二歳上のしっかり女房だ。
ただし、四ヶ月だけ一つ年上の期間がある。

私のようなフワフワした者には、まさに『金の草鞋』を
履いて探した女房である。

by don-viajero | 2010-11-25 19:42 | エッセー | Comments(0)
2010年 11月 21日

同級生・Ⅱ

小学生や中学生の自殺が相次いで報道されている。
見知らぬ子供たちのこととはいえ、胸が痛む。

「虐め」は虐められていると思う側がそう判断すれば、
そうした行為に当たるのだろう。
たとえ虐めていると思っていないような事柄であっても、
その種の行動が当事者に与える苦痛は悲惨なもので
あるのかもしれない。

昔のことだ。我々の小学校時代、青っ洟を垂らして
いる者も何人かはいた。なかでも、同級生のK君は
いつも鼻から二本筋がはっきりわかるくらいだった。
それが固まると、自分の机の下にくっ付けるから
たまったものではない。塊はどんどん大きくなって
ゆくだけだ。だからと言ってみんながみんな、彼を
避けているとは思っていなかった。休憩時間には
一緒になって遊んだし、彼の家にも行ったこともある。
ただ「仲良し」とまではいかなかったが‥‥。
でも、彼はそのころのことを「虐め」に遭っていたと
確信していたらしい。

私が同級会に出席するようになるまでも、何回か
参加していたらしい。初めて彼が同級会に顔を
出したとき、こう高らかに告白したそうだ。
「みんな、よ~く聞け!
 俺は小学校のとき虐められていたと思っている!
 だから、ある悪戯をした!みんな判るかな‥?
 いまだから、教えてやる!
 俺が給食当番のとき、机の下にあった鼻糞を
 カレーのなかに入れたんだぞ~!」
みんな絶句し、一瞬の沈黙が流れ、あとは
大笑いだったそうだ。

そんなK君とは同級会の席で、二度顔を合わせている。
今年も一緒だった。いい「父ちゃん」になっている‥‥。

by don-viajero | 2010-11-21 16:54 | エッセー | Comments(0)
2010年 11月 19日

溶ける

外にある寒暖計が-5℃を指していた今朝。
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カーテンを開けると、雪が積もった訳でもないのに、
真っ白な世界が飛び込んできた。霜だ!

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風が吹けば、いまにも零れ落ちそうな唐松の黄金色に
輝いた細かな葉が、吸い込まれそうな碧い空に映える。

厳しい朝を迎え、白くなった景色は、陽の光が
射し始め、ゆっくり溶け出してゆく‥‥。

by don-viajero | 2010-11-19 21:25 | エッセー | Comments(0)
2010年 11月 17日

同級生・Ⅰ

ここ何年か続けて小学校の同級会に出席している。
それは毎年8月14日と決まっている。

開催場所は違ってもほとんど同じ顔が並ぶ。
「たまには、正月にやってみてはどうかな?
 違う顔ぶれが揃うかもしれないよ!」
そんな提案をしたところで、初期メンバーで
毎回出席している連中に、あっけなく一蹴されて
しまった。ただ、私が幹事を任された年には大勢
集まってもらえた。

卒業して、中学でバラバラのクラスに散らばってから、
半世紀近くもの星霜は、あのころの人間関係の
濃淡を「同級生」の一言で同じ色に染めてしまって
いるが、それは6年間替わらなかった時間の思い出を
共有しているに過ぎないのではないだろうか?

あのときの「同級生」は、その時代「仲良し」だった
かもしれないが、今現在、必ずしも「仲良し」ではないし、
実際、その会以外での付き合いもない。

同級会に出ずとも、同級生だったAちゃんとは、
織姫星と彦星ではないが、一年に一回は酒を
酌み交わしている。

一番の「仲良し」だった早世したOちゃんとは、
夢のなかでときどき逢っている。
最近も、小学校低学年の我々二人が、白くなった
ススキの穂を振り、夕焼けに染まる畦道を何か
歌いながらニコニコして歩いている夢をみた。

ただし、現代版では、白髪交じりの私とは違い、彼は
いつまでも若いままではあるが‥‥。

by don-viajero | 2010-11-17 20:54 | エッセー | Comments(0)
2010年 11月 14日

疑惑

ずっと昔、親子の関係を疑ったことがあった。
血液型のことなんか知らないころだ。

なにか悪さをして親に叱られても、謝ることを
拒絶した私は、よく三尺帯で通し柱に
括りつけられた。それでも謝らなければ、
その帯でぐるぐる巻きにされ、家のすぐ横を
走る真っ暗な線路に置かれた。
そのときは、きっと体中総毛だったに違いない。
ますます頑なになっていった。

様子を窺いに来た姉が、そっと耳元で囁く。
「早く、謝りなよ!
 どうせお前は〇〇橋の下で
 拾われてきたんだから‥‥。」

今にして思えば、大人は電車が通る時間を
知っていたからこそ、そんなことができたのだろう。
しかし、健気にも頑なに謝るという行為だけは、
自分を屈服させることだと思い込んでいた。
-何故、同じ姉弟なのに自分だけ
 こんなに叱られるんだろう?
 やっぱり、ボクはネエちゃんの
 言うように捨て子なのかなぁ???-

そんな幼い小さな心に宿った疑惑は、いつしか
すっかり忘れ、嘘でも謝ることを覚え、大人に
なっていった。
ただ、両親の名誉?にかけても、手を挙げられる
ことも、ましてや、最近の目も覆いたくなる
児童虐待のようなものはなかった。

だから私は、子供たちにとって優しい父親であった
‥‥。と思っている。

by don-viajero | 2010-11-14 09:37 | エッセー | Comments(0)
2010年 11月 11日

栄光

若いころ、自慢のできるものが二つあった‥。

一つはオーバーナイトハイクで一位になったこと。
ただし、これは上位三人が規定のコースを
通らなかったため、授けられた「完歩証明書」には
「000004」の数字が刻印されてしまった。

二つ目は‥‥。
人生であれほど勉強をしたことはなかっただろう。

一年間の浪人時代、東京の予備校に通った。
山行の回数も減らし、ひたすら勉学に励んだ。

東京の噎せ返るような夏、昼間はあちこちの
クーラーが効いた図書館が勉強の場になった。
そんな東京でも、秋の気配がちらほら見え始めたころ、
「代々木ゼミナール・全国模試」を受けた。
五科目総合で明らかに偏差値が上がり、なかでも
英語は、東京大学の偏差値をはるかに超えた
ものだった。

中学、高校と英語の教師には恵まれたと思っている。
しかし、それはあくまで昔の受験英語である。

あのテスト及び結果を廃棄してしまったことを
少なからず悔やんでいる‥‥。

私の『陽気なイエスタデイ』のなかで、話だけの
「過去の栄光」になってしまってはいるのだが‥‥。

by don-viajero | 2010-11-11 20:01 | エッセー | Comments(0)
2010年 11月 09日

旅の準備

一昨日の日曜、先週の倍返しのような天気。
まさしく‘Indian Summer’小春日和だった。

無風で暖かく、目をやれば麓(ふもと)まで下りてきた
紅葉が、ランニングを楽しませてくれた。
畑や家々を飾る、玉にした黄色い小菊が眩しく輝き、
有明山の真上には、宇宙まで見えてしまうんじゃ
ないかと思わせるような碧い空に、スマイルマークの
雲がいつまでものんびり浮かんでいた。

いつものフルトレを気持ちよく終え、午後はネットを
駆使してのフル作業だ。気晴らしに暖かな陽だまりに
リクライニングチェアーを引っ張り出し、読みかけの
重松清「季節風・秋」のページを捲る。

すでにダラス経由カンクン往復券の手配は済んだ。
二度目のメキシコ。(何れメキシコ記は掲載するつもり)
前回('05)と違うのは、米国入国の際提示するESTA
これは取得済み。

土曜夜、カンクン⇔キューバ・ハバナのチケットをカンクンの
旅行会社(英文サイト)でゲットした。もちろん、カンクン滞在中の安宿(一泊朝食なし:2,648円)も予約完了。

あとはキューバ国内の予定を煮詰め、初日の宿だけ予約。
その後、キューバ大使館にツーリストカードの申請をすれば、
すべての手続きが終了となる。
こうして、旅の準備をしているだけで心はドキドキ、ワクワク。
脳みそも勝手にサルサのように陽気に踊りだしてくる。

航空券の手配。ましてや現地発着の航空券、宿の予約etc。
支払いはクレジットカード。安宿はいろいろなサイトを観て
比較検討ができる。パソコンはまるで、キーボードを
叩くだけで飛び出してくる「魔法の画面」。

まったく便利な世の中になったものだ!

*米国はトランジットでも入国・出国手続きをする

by don-viajero | 2010-11-09 04:24 | Cuba/Mexico | Comments(0)
2010年 11月 07日

人生

「人」の「生」。それが終わるとき「死亡」。
死んだうえに、亡くなる。残酷な言葉だ。

だからこそ、ブログのなかでも「死」とか
「亡」の言葉をなるべく使いたくない。

「人」が「生」を失うとき、役所用語では
「除籍」だ。「鬼籍」に入るのであり、
「黄泉(こうせん)の客」となり、そして
「泉下(せんか)の人」となる。

少年だった日々の短さ、青春時代の短さ、
結婚をして子供たちと間近に楽しく過ごした
時間の短さ‥‥。

寿命が150歳や200歳に延びて、それぞれの
スパンが少しばかり長くなったところで、時々の
想いが同じように短く感じるに決まっている。
それは「人生」が決して永遠ではないということだ。

30歳になったとき、この倍は生きられるだろうと
思っていた。
事実、それに近い歳を迎えようとしている。
40歳になったとき、この倍は難しいかな‥‥。
50歳になったとき、この倍は無理だ‥‥確信した。

そして、それ以降、生きてきた年月より、
これからの残された年月が少なくなってきた。

想い出を掘り起こしたとき、「人生」って短いと
思うようになってくる‥‥。

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     いつまでも変わらないだろう美しい景色。
    (揺れるススキの穂と奥の雪を被った表銀の
     対比があまりにも綺麗だったのでパチリ!)
     ≪写真をクリックすると大きく見れます≫

by don-viajero | 2010-11-07 07:11 | エッセー | Comments(0)