陽気なイエスタデイ

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2007年 08月 06日

山/Ⅰ

1975年2月5日
この二日前から、単独、山スキーで八方尾根から
唐松岳登頂を企てて、八方池山荘の横に雪洞を掘り、
天候の回復を待っていた。しかし、雨混じりの雪は一向に
収まる気配がなく、諦めて、この日下山した。

夕方、家に着くと高校の山岳部で同期だったY氏、
後輩のN氏が私の帰りを待っていた。Y氏が口火を切った。
「我々仲間で山岳会を作ろう!」

彼はS大学の山岳部を退部。同期で愛知出身のK氏も
同時に退部。そのK氏を加えて四人で会を結成して、
お互い金はないが先鋭的な登山を目指そうというものだった。

その頃、単独行の限界、ましてや岩への憧れを強く
抱いていた私は、どうしても、強力なザイルパートナーを
探していた矢先のことだった。彼とは高校時代、
禁止されていた近くの岩場で何回となくトレーニングをした。
その夜、酒を酌み交わし「山」談義に盛り上がったことは
言わずもがなである。

こうして、山岳同人『餓鬼』が誕生した。

2月21日~28日・北鎌尾根偵察を兼ねて、三股から
前常念経由燕の表銀縦走。(四人参加)

3月9~15日・湯俣から北鎌尾根を経て槍登頂、
上高地下山。(前回、膝を痛めたN氏は上高地経由、
横尾で待機。三人参加)

3月24日~28日・涸沢からⅤ・Ⅵのコルより北尾根経由、
前穂登頂。(Y氏と二人。コル下まで山スキー。その後、
前穂東壁登攀予定だったのだが断念)

必ず、登山計画書を地元警察署に提出していた我々
『餓鬼』は、すっかり、署内で有名になり、丁度、署員を
中心に新たな山岳会設立を模索していた彼らの誘いも
受けた。しかし、単純にポリが嫌いという理由だけで断わった。

それからは、新たな仲間を加え、ガンガン登った。
急峻な岩場を求め、静寂な雪山を目指し、
青春の限りを山にぶつけたのだった。

# by don-viajero | 2007-08-06 20:29 | | Comments(0)