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陽気なイエスタデイ

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2010年 09月 16日

超短編小説 『夏の雨』

定年後、小さな畑を借りてわずかな野菜を育てている。
土に縁のなかった私には、毎日が新鮮な作業だ。
自分で作ったものは、その形がどんなに不恰好なもので
あろうと食卓を美味しく飾ってくれる。
ただ、今年の夏のように日照りが何日も続くと大変だ。
猛暑だというのに、草だけはちゃっかり伸びてくる。
草取りや野菜の水やり。すっかり疲れ果て土手にある
木陰で一休み。噎(む)せるような草いきれのする場所で
横になり瞼を閉じると、急にサワサワと気持ちのいい小さな
風が微睡(まどろ)みへと誘った‥‥。

「お~い!〇〇ちゃ~ん!川へ行こう!!!」
薄い板材を空箱型に釘打ちし、透明ガラスをガラスパテで
固定して作った箱メガネと簎(ヤス)、それに釣竿も持って
わさび畑の近くを流れる、膝ぐらいの深さの川へ行く。
わさび畑から流れ出てくる水はとっても冷たい。小石を
そう~っと除けると、川床と同じ保護色に覆われた
カジカがいる。簎で一突き!ついでに小石の裏に
くっついているニジマス釣りの餌にするザザムシも確保。
夢中でカジカを獲ったり、釣りをしたり、泳いだりして
時間の経つことさえ忘れていた。昼を知らせるサイレンは
とっくに鳴り終えていた。

突然雷鳴が響き渡り、でっかい雨粒が落ちてきた。
近くの作業小屋に逃げ込む。勢いのいい雨粒が
叩きつける足元から『焦げた匂い』がした。

用意してきたオニギリを頬張り、雨が止むのを待つ。
食べ終わると、遊び疲れた僕たちは、沿いあうように
横になり、お昼寝をする。ウトウトと‥‥。

頬に雨粒が当たって目が覚めた。
あっという間にどしゃぶりになった雨が、渇き切っていた
地面から、あの『焦げた匂い』を発散させていた‥‥。

by don-viajero | 2010-09-16 20:20 | 超短編小説 | Comments(0)


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