2011年 03月 23日
その日は朝から暖かな陽光に満たされていた。 「お~い!お~い!春だぞぉ~!」 どこからか、そんな声が聞こえてきそうな気配が 漂っていた。足元の落ち葉のなかから、ちょこんと 福寿草が黄色い花びらをキラキラ耀かせ、小さく 顔を出していた。 春は四季のうちでも、最も奇妙な感触をもつ季節だ。 それまでの雪から替わった冷たい雨の滴が、柔らかな 温かみを含むようになり、ふわ~としたなめらかな 風とで、草や樹木や昆虫や動物を凍てついた眠りから 優しい目覚めへと誘(いざな)う。 手品師が色とりどりの絹のハンカチを、その手のなかから 紡ぎ出し、鮮やかなマジックを披露してくれるように、 素っ裸のまま不細工な固い蕾を抱えた武骨なまでの枝が、 ある日突然、溢れんばかりの花を咲かせてみせる。 眠りから覚めた虫たちが蜜を求め、花々を飛び交い、 小鳥たちがざわつき始める。 それはまるで、春という季節だけが持つ魔法のようだ。 春の香りをほんのり含み、辺りにたゆたう甘い空気を 胸いっぱいに吸い込む。 -さぁ!今日はいつになく気持ちよく走れそうだ! ちょっと、遠回りでもしてみようか!- 独り言を呟き、ふんだんに春の陽気を振り撒いている 景色のなかへ、軽やかに走りだしていった‥‥。 あの日から雪が降った日もあった。そんな日の夜空は 凍りついて固く、闇はしんしんと深い。だが春はもう、 ドア一枚を隔てたところにまで来ている‥‥。
by don-viajero
| 2011-03-23 21:59
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