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陽気なイエスタデイ

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2011年 03月 26日

揺れる

三日前の夜、地区の役員会で公民館に出向いた折にも
揺れた‥‥。と思い、隣に坐っている人に話しかけた。
「今、揺れたよね‥‥!」
「うぅん‥、揺れてないよ!」
前の人にも訊いてみた。
「感じなかったよ!」

小学校5年生のとき。梅雨時の6月だというのに、
その日はカラッとしていて、木漏れ日は明るく、
風の神様が“爽やかガム”でも噛んでいるような、優しい
薫風を吹かせていた。

昼食後、校舎の南側を流れる幅1mほどの石積みの川端に
腰を下ろし、冷たい水に素足を投げ出して、同級生たちと
話し込んでいた。ときおり背中をくすぐるような明るい
笑い声が通り抜けてゆく。みんなが休み時間のひととき、
元気で気持ちのいい笑い声をあげていた。

1964年6月16日13時01分。石が尻を突き上げ、
グラグラッと川面も地面も揺れ、古い板張りの二階建て
木造校舎も、ギシギシ音を立てて揺れ出した。笑い声は
悲鳴に変わり、空気が瞬間冷凍された。そのまま、誰も
動かなかった。否、動けなかったけれど世界は揺ら揺ら
動いていた。まるで凍った空域にひび割れが走るような
地震が襲った。M7.5の新潟地震が起こった。
帰宅後、白黒のテレビ画面から映し出される傾いた鉄筋
コンクリの集合住宅や倒潰した家屋、泥に埋まった車の惨状。
この地震で初めて知った『液状化現象』によるものだ。
あの時以来の揺れを体験したことはない。

それから一年あまり経った1965年8月から5年半も
続いた『松代群発地震』。いつも揺れていた。夜中であろうと
昼間であろうと、大きいのやら小さいのやら‥‥。

じっとしていると思わず「揺れているかな?」脳みそが
勝手に想像してしまうからやりきれない。私の場合、
一笑に付すことも、震災地で避難している人々は、
いまでも余震に怯え、寒さに震えている‥‥。

翌日、地震情報であの会合の時間、余震があったことを
確認した‥‥。              

by don-viajero | 2011-03-26 20:49 | エッセー | Comments(0)


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