2012年 06月 27日
同級会で懐かしいクラスメイトと再会したときの会話や、 いまでも付き合っている旧知の友等との語らいの中で、 同じ体験をしているはずなのに、お互いの過去の記憶が 微妙に異なっているようなケースがたまにある。 たいていの場合は単なる思い違いとして済ませてしまうが、 ひょっとすると、お互いが自分の都合のいい方向に記憶を 改竄(かいざん)しているのではないかと、疑いたくなる こともしばしば遭遇する。 正直なところ、自分の記憶がどこまで正確なのか100%の 自信はない。人という生き物は、パソコンの「Word」上の 文字を置き換えるように、いとも簡単に自分に都合よく記憶を 差し換えてしまえるものだろうか‥‥? ある学者によると、記憶には『情報の内容に関する記憶』と、 あたかもテレビなどで見た出来事を、自分が体験したように 思い込んでしまう『情報源に関する記憶』が、それぞれ別物と して存在しているらしい。連想が働くことで、記憶があとから 操作されてしまう可能性があるというから面白い。 人の記憶なんて、思いのほか脆弱なもののようで、「言った」 「言わない」の口論なんか日常茶飯事だけれど、自分の記憶を 絶対だと思い込んでしまっていると、とんだ赤っ恥をかくことに なるのかもしれない‥‥。
by don-viajero
| 2012-06-27 19:57
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