2008年 09月 20日
上原陽介は集中治療室のベッドの上で苦悶していた。 口には酸素マスクをあてがわれ、体中がチューブで繋がっていた。 内蔵から発せられる痛みは到底耐えられるものではなかった。 そんなモルヒネ漬けで朦朧とした意識のなかでも、 僅かな望みを賭けていた。 -いったい、純也はどうしたんだ!見舞いにも来ない! 二人で交わしたあの約束を忘れてしまったのか? こんな延命処置をしたところで、どうせそう長くはないんだ! 一刻も早くこの痛みから解放されたい‥‥。- それは死への恐怖をはるかに上回る苦痛だった。 上原陽介と江藤純也は大学山岳部の同期であった。 卒業後、上原は商社マンとして世界を飛び回り、 江藤は大手製薬会社の研究室で新薬の開発に没頭していた。 それでも、同じ山岳会に入った二人は、暇を見つけては ちょくちょくザイルパートナーとして、岩を求めて登っていた。 かつて、在学中の山行で穂高岳屏風岩の登攀中、滑落した。 しかし、二人とも途中の岩棚に引っかかり、 運よく軽い打撲程度のケガで助かった。 それから数年後、会として遠征したヒマラヤの登頂メンバーに 選ばれた二人は歓喜の登頂後、下山中、猛吹雪に遭い、 足を踏み外して奈落のクレパスに堕ちた。 そこでもやはり二人とも氷の棚に引っかかり難を逃れた。 その後、自力で這い上がり、無事仲間が待つベースキャンプに 戻って来たのだった。 それぞれ結婚後は仕事に忙殺され、山岳会からも退会し、 山行もままならぬまま、賀状の挨拶だけで顔を合わす 機会を持てなかった。 そんなある日、突然上原のもとへ江藤から連絡が入った。 「時間を見つけて逢わないか?話したいことがあるんだ‥‥。」 なにか悩みの含んだ誘いであった。 「わかった。なんとか時間を作ってみるよ! 何年ぶりだろう?お前と逢うなんて‥‥! お前の結婚式以来じゃないか!楽しみにしているよ! それじゃぁ、俺のほうからまた連絡する。」 「あぁ、ありがとう!」
by don-viajero
| 2008-09-20 08:13
| 超短編小説
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